平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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芦辺拓・江戸川乱歩『乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび』(KADOKAWA)

 あの中絶作を書き継ぎ完結させる! そして物語はさらなる仕掛けへ…
 江戸川乱歩昭和8年鳴り物入りで連載開始した「悪霊」は、傑作となるはずだった。謎めいた犯罪記録の手紙を著者らしき人物が手に入れ、そこで語られるのは、美しき未亡人が異様な血痕をまとった遺体で発見された密室殺人、現場で見つかった不可解な記号、怪しげな人物ばかりの降霊会の集い、そして「又一人美しい人が死ぬ」という予告……。期待満載で幕を開けたこの作品はしかし、乱歩の「作者としての無力を告白」した宣言で途絶した。
 本書は、乱歩がぶちあげた謎を全て解き明かすと同時に、なぜ「悪霊」が未完になったかをも構築する超弩級ミステリである。(帯より引用)
 江戸川乱歩が『新青年』1933年11月号~1934年1月号に連載した「悪霊」の第一回から第三回、および1934年4月号掲載「「悪霊」についてお詫び」に、芦辺拓が書下ろし原稿を追加し創作。2024年1月、刊行。

 江戸川乱歩が初めて長編本格探偵小説に挑みながらも、構想が固まらないまま出版社の要請に応じて見切り発車して行き詰まり、わずか三回の連載で中絶してしまった「悪霊」。横溝正史が犯人をばらしてしまったものの、密室殺人のトリックや記号の謎はそのままとなっていたこともあり、完結が待たれていた。かつて土屋隆夫が続編を構想したものの、出版が困難と断念したと言われている。そんな作品にあの芦辺拓が挑戦した。
 まず「悪霊」の伏線と思われる部分をほぼ回収し、結末をつけたところは凄い。犯人にしても、定説から踏み出したのはさすがと言えよう(新保博久の「あんな誰でも真相を知っている小説の結末を今さら付けるんですか」という言葉に触発されたんだろうなあ)。この点は、裏返しトリックを多用した乱歩らしさをうまく継承したと思っている。
 さらに乱歩が連載から逃がれて滞在した「張ホテル」を重要な舞台として登場させ、さらになぜ乱歩が「悪霊」を中絶したのかまでに踏み込み、「悪霊」にリンクさせたところは喝采を挙げたくなった。
 ただ、第四回連載で舞台を移し、迷宮パノラマ館などが出てくるところは、個人的には勇み足だと思った。今までの不気味な雰囲気がかえって台無しになっている。これが乱歩作品で初めての舞台というのならまだしも、『パノラマ島奇談』などの舞台の焼き直しにしかなっておらず、乱歩が自作解説で「また私の悪い趣味が出てしまった」と嘆きそうな内容になっている。
 趣向としては凄いと思うし、成功していると思う。ただ、物語として読むとどうか。申し訳ないけれど、面白くない。テクニックと比べて、ストーリーが追い付いていない。乱歩流の今までの味付けを排除しようとした作品、それが「悪霊」だったのではないだろうか。そう思い込んでいるので、乱歩らしさにあふれている本作は違うのではないか、そう思ってしまうのである。
 ただ、江戸川乱歩は長編本格探偵小説を書けない人、というのが私の認識である。戦後に挑戦した『化人幻戯』も結局は別方向に走ってしまった。「悪霊」も結末まで書かれていると、実は大したことがなかったのかもしれない。
 テクニックは素晴らしい。ただ、ストーリーは今一つ。それが私の本作に対する評価。だいたい、90年も昔の本格探偵小説に、今さら面白さと驚きを求めることが間違っていた。