平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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貴志祐介『兎は薄氷に駆ける』(毎日新聞出版)

 ある嵐の晩、資産家男性が自宅で命を落とす。死因は愛車のエンジンの不完全燃焼による一酸化炭素中毒。容疑者として浮かんだ被害者の甥、日高英之の自白で事件は解決に向かうと思われたが、それは15年前の殺人事件に端を発する壮大な復讐劇の始まりだった。“犯罪者”を執念深く追い詰める警察・検察、英行を献身的に支える本郷弁護士、その依頼で事件調査を始めた元リストラ請負人の垂水、恋人の無実を信じて待つ千春。それぞれの思惑が絡み合い、事件は意外な方向に二転三転していく……。(帯より引用)
 『毎日新聞』夕刊2022年7月9日~2023年8月16日連載。加筆修正のうえ、2024年3月、単行本刊行。

 貴志祐介の新作は、冤罪問題を取り扱った社会派ミステリ。ストーリーは帯に書いている通り。警察の訊問に耐えかねて自白した日高英之だったが、送検された後の石川宏之検事の取り調べでは無罪を主張。そして裁判員裁判は、無罪を主張する英之、それを弁護する本郷、そして有罪を主張する石川検事との間の論戦となった。
 本は厚いが、1ページ当たりの文字数は若干少ないので、あっという間に読み終わってしまった。さすが貴志祐介、読み易さ抜群。と思いながらも、若干趣向はあるもののありきたりな冤罪もの(冤罪の定義は色々あるけれど、一般的な意味でこう書かせてもらおう)なのかな、などと読み進めていたら、最後にやられた。これはうまいわ。タイトルのつけ方も含め、見事。ストーリーにあまり触れられないからうまく伝えられないけれど、読み終わってとても満足した。
 ただ、わかりやすい展開ではあると思う。多分、勘のいい人なら、結末までの流れを大方予想できるのではないだろうか。私はそれを含めて十分に面白かったけれど、物足りないという人がいてもおかしくはない。
 気になったのは、マスコミの動きが鈍いこと。もっともっと騒いでいるだろうし、そもそも取材に動いている人も多いのではないだろうか。それと、無罪を主張する事件の割には、裁判員裁判が始まるのが早く感じた。こういうケースがある確率はゼロじゃないから、ただの難癖かも知れないが。警察の描き方が間抜けすぎる部分は、昨今の冤罪事件の捜査状況を見ると、仕方がないか。
 帯にある「稀代のストーリーテラー」にふさわしい作品。この重いテーマを、ここまで滑らかな筆運びができるのは、作者ならではだろう。ただ帯にある「これぞ現日本の“リアルホラー”」は完全な勇み足。「ホラー」なんて書くと、勘違いする人が結構出そうだけどな。現状では今年のベスト10候補だと思う。