- 作者: 大下宇陀児
- 出版社/メーカー: 春陽堂書店
- 発売日: 1955
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1932年7月、新潮社の「新作探偵小説全集2」として書き下ろし刊行。1959年2月、春陽文庫化。
書き下ろしで刊行された「新作探偵小説全集」(新潮社)では、甲賀三郎『姿なき怪盗』、浜尾四郎『鉄鎖殺人事件』といった作者の代表作といえる作品が出ている反面、江戸川乱歩『蠢く触手』といった代作も出ており、全体としての評価は微妙か。
手元にあるのは1976年9月発売の第10版で、古本屋の書き込みもないから、当時春陽文庫の古いものを置いていた近所の本屋で買ったものと思われる。購入当時に読んでいたのだが、本を整理している途中で出てきたので、懐かしくなって再読。こうして読むと、当時は結末の意外性ばかりに目を引かれていて評価も今一つだったが、今改めて読むと、男女の愛憎劇という面の方が強い作品であり、意外に面白かった。
久美子が死んだ夜は、かつて同棲相手で自殺した伊豆原修の兄、浩が友人である江崎を訪れており、さらにかつての亭主で前科者、しかも別の強盗事件で警察に追われている坂田四郎が押しかけてきたので屋敷の三階に匿っている状態。異母妹である淑子は江崎に密かに惚れていて、江崎家と親しい老医師芹沢の息子である医者の新一は淑子にプロポーズするも断られている状況。まあ、よくもこれだけこんがらがった状態の夜に、都合良く事件が起きるものだ、という冗談はさておき、登場人物の様々な思惑が、事件を不明瞭なものとし、謎が徐々に色濃くなってゆく。
探偵役である芹沢新一は、プロポーズを断られた腹いせで事件の謎解きに挑む。そう、この作品は、大下宇陀児にしては珍しい、本格探偵小説の形式となっているのだ。謎があり、手掛かりが残され、そして探偵役が論理的に謎を解こうとする作品なのである(まあ、トリックの出来についてはとやかく言うまい)。それにしても、これほど動機が不純で、正義とかけ離れた、そして性格の悪い探偵役がいただろうか(もちろん、探偵=犯人は除く)。どことなく皮肉も感じられる作品なのだが、宇陀児は自分なりの本格作品に挑んでみたら、このような作品ができあがっただけなのだろう。色々な意味で、現代の昼メロドラマっぽい波瀾万丈の展開になっているのは、この作品の書かれた時代を考えると、皮肉としかいいようがない。ある意味、早すぎた作家だったといえる。
一時期、大下宇陀児全集が三一書房で検討されていたようだが、いつの間にか立ち消えになってしまった。確かに通俗作品も多いだろうが、大下作品の選集やベストセレクションすら一度も編まれていないというのは、戦前に乱歩と並ぶ人気作家だったという実績から考えてもおかしいと思う。ここらでどこかの出版社が、手を挙げないだろうか。
AMAZONで文庫版が見つからなかったので、とりあえず双書版をリンクしました。