平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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高野史緒『カラマーゾフの妹』(講談社)

カラマーゾフの妹

カラマーゾフの妹

カラマーゾフ事件から十三年後。モスクワで内務省未解決事件課の特別捜査官として活躍するカラマーゾフ家の次男、イワンが、事件以来はじめて帰郷した。兄ドミートリーの無罪を証明し、事件の真相を確かめたい――ロシアでまだ誰も試みたことのない大胆な捜査方法を使い、再捜査を開始するイワンだったが、そこにまた新たな事件が起こり――。十三年前の真犯人は誰なのか。新たな事件は誰が、何のために起こしているのか、そして、謎解きの向こうに見えてくるものとは。息詰まる展開、そして驚愕の結末!(講談社HPより引用)

2012年、第58回江戸川乱歩賞受賞。応募時タイトル「カラマーゾフの兄妹」。加筆改稿の上、同年8月、単行本刊行。



フョードル・ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』の13年後という設定。元々この作品は二部によって構成されるものであり、13年後を舞台に第二部が書かれる予定であったが、ドストエフスキーが亡くなったため未刊に終わっている。作者はその第二部に挑戦した。しかも、ミステリとして。

作者は1995年、第6回日本ファンタジーノベル大賞最終候補作『ムジカ・マキーナ』でデビュー。著書に『アイオーン』、『赤い星』などがある。選考時には作者名が隠されているため、プロであろうとアマであろうと横一線で評価されている。

私は『カラマーゾフの兄弟』を読んだことがない。その前提で感想を言うと、つまらなかった。

一応小説内で色々説明がなされているため、原典を読まずとも舞台はわかるようになっている。ロシア人の名前を覚えるのに閉口したが、舞台が舞台だから仕方がない。ただ、それを抜きにしても読みにくい。奇妙なぐらい文章が硬く感じられるのはなぜだろう。そのくせ、ドストエフスキーが持つ小難しさと堅苦しさ(『罪と罰』とか一応読んだけど、苦手なので)が無くなっており、妙な軽さしか残っていない。

内容としてもどうだろう。ドストエフスキーの最後かつ最大の小説の続編に挑戦したという売りはあるものの、ミステリにする意味がほとんど感じられない。難しいトリックや美しいロジックがあるわけでもない。イワンが走り回っていたら、いつの間にか事件が終わっている。イワンが多重人格だという設定は、ファンなら怒り出すんじゃないだろうか。

原典に登場しない「妹」が出てくるのもどうかと思ったが、当の人物が出てくるのは中盤以降であり、しかも物語と密接な関わりがあるわけでもないというのも問題。わざわざタイトルとするのなら、もう少し活躍させられなかったのか。皇帝暗殺計画は第二部で書かれる予定だったのでそれを踏襲したのだろうが、ロケットだの犬を載せた人工衛星だのが出てきた時点で興醒め。ドストエフスキーみたいにもっと写実主義を徹底させて書くべきであり、妙な劇画シーンを出す必要は無かった。

イワンの知り合いである心理学者ミハイル・ユーリェヴィチ・トロヤノフスキーが、イギリスの探偵ホームズの通訳を務めたなどのお遊び部分も、作者の余裕ではなく、作品を軽くする蛇足部分に過ぎない。

小説としても面白さは感じなかったが(ブラックジョークで書いたというのならまだしも)、これが乱歩賞受賞作というのは許せない。はっきり言って、二次創作に過ぎない。今野敏が最後まで受賞に反対したというのももっともである。

乱歩賞は毎年読んでいるのだが、これだけはどうしても読む気が起きなかった作品。頑張って読んでみたが、やっぱりつまらなかった。