平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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辛島驍『暗号と推理』(講談社 ミリオン・ブックス)

 一概に日本には、現にスパイが八万人いるといわれる。つまり奈良市の人口に匹敵するスパイが国じゅうにうようよいるといった勘定になる。スパイと暗号はつきものである。

 しかし、この本はそういった国際スパイの暗躍物語ばかりではない。政治や外交に限らず、日常われわれの四辺、或いは又、ビジネスの場に於ても、暗号乃至は暗号に類したものが一杯ころがっている。そうした暗号に就ての、昔から今日までの面白いさまざまなエピソードを紹介し、あわせて初歩的な暗号の組み方解き方をも伝授申し、日頃無頼の勘を誇られている方々には推理力をテストし、読者に一寸、暗号マニアにもなっていただこうという意図をもったものである。
 読書を最高のレクリエーションと信ぜられている読書人、取り分けて推理小説の愛好家には喜んでいただけると信じる。(「この本を読まれる方へ」より引用)
 1962年2月刊行。

 作者は中国文学研究の第一人者。ペンネームで推理小説も発表、『宝石』に随筆を掲載している。朝鮮問題にも詳しい。江戸川乱歩、松本清張の推薦文がある。
 目次は以下。


I 暗号は何処でもころがっている
Ⅱ 英・仏・独・ソ・北鮮の諜報機関と暗号
Ⅲ アメリカのブラック・チェンバー
Ⅳ わが国の暗号解読班の活動
Ⅴ 暗号解読のためのトレーニング
Ⅵ ニイタカヤマニノボレ(コード法)
Ⅶ 暗号の作り方と解き方(一)転位式
 (一)挿入法
 (二)分裂法
 (三)覗穴式
Ⅷ 暗号の作り方と解き方(二)代用式
 (一)図形式
 (二)媒介式(目次や本文でも図形式となっているが、誤りだろう)
 (三)単純換字法
 (四)並行換字法
 (五)平方換字法
Ⅸ 結語・帽子の中のアルファベット


 著者は「漢江悲恋」(ペンネーム白新村)などの短編や随筆を執筆している。『宝石』昭和26年5月号に掲載した「暗号解読」を目にした講談社の編集者の勧めにより執筆した。
 序文では「暗号に関する本は、日本には一冊もない‘と書いているが、江戸川乱歩「暗号記法の分類」(『探偵小説の謎』所収)や、「暗号解読」の後に『宝石』で秋山正美「暗号解読の推理」が掲載されている。他にも本文で引用されている作品が翻訳されていることは、作者も認めている。
 ただ、手軽に読める形で一冊にまとまった暗号解説書は、確かに本書が初めてかもしれない。
 そういう意味では面白い一冊なんだろうけれど、暗号自体が苦手なので、解説部分は多くがスルーでした、はい。歴史のエピソードや、ミステリで出てくる暗号の話なんかは面白いんだけどねえ。日本の暗号が悉く解読されていたあたりの話は、さすが間抜けな軍部、などと思ってしまったよ。
 それと最後の方にある、「暗号にかけてはまだ四等国」というのは、多分令和の今になっても同じなんだろうなとは思ってしまった。
 暗号に興味がある方にとっては、探してみてもいい一冊なんだと思う。内容が正しいかどうかわからないので、暗号研究書としての評価はわからないのだけれども。

フェルディナント・フォン・シーラッハ『禁忌』(創元推理文庫)

 祖母の訃報を受け、彼女は孤島に渡った。終戦直後にここで働き始めた者たちだけが住む島は不吉な気配に満ちていた。かつてっ子の島に逗留し、のちに全員死亡した子供たちが恐れた魔王とは? 積み重なる謎。高まりゆく不安と恐怖。果たして誰が誰を欺こうとしているのか? 何重もの罠を張り巡らせた恐怖のサイコ・サスペンス。(粗筋紹介より引用)
 2019年、フランスで発表。同年、コニャック・ミステリー大賞受賞。2022年9月、邦訳刊行。

 作者は1976年、フランス生まれ。2017年に長編小説"Les chiens de Détroit"でデビュー。本書は長編3冊目。
 第1部の前半はちょっと退屈だったが、終戦直後の悪夢と現代の悪夢が重なり合うようになってこれはどうなるか、と思わせたところで予想外の第2部。これ以上書くと完全なネタバレになってしまうのでもう書けないが、それにしてもこんなストーリー、よく考えたなと感心しつぃまった。第2部の意外な展開、そして第3部の盛り上がり。あまりにも残酷で、悪夢で、それでいて目を離せない。地獄がそこにある崖の際を歩き続けている気分になる不気味さである。
 とはいえ、細部まで考えられて組み立てられているのは事実なんだが、どう考えても反則技だよな、これ。面白いことは否定しないのだが、これを使われたら何でもできるだろうと思ってしまう。
 何とも評価しづらい作品ではあるが、なんとなくフランスミステリらしいと感じてしまう自分もいる。どっちに転がるかはわからないが、手に取って読んでみてくれ、とは言いたくなる作品であった。

ジェローム・ルブリ『魔王の島』(文春文庫)

 祖母の訃報を受け、彼女は孤島に渡った。終戦直後にここで働き始めた者たちだけが住む島は不吉な気配に満ちていた。かつてっ子の島に逗留し、のちに全員死亡した子供たちが恐れた魔王とは? 積み重なる謎。高まりゆく不安と恐怖。果たして誰が誰を欺こうとしているのか? 何重もの罠を張り巡らせた恐怖のサイコ・サスペンス。(粗筋紹介より引用)
 2019年、フランスで発表。同年、コニャック・ミステリー大賞受賞。2022年9月、邦訳刊行。

 作者は1976年、フランス生まれ。2017年に長編小説"Les chiens de Détroit"でデビュー。本書は長編3冊目。
 第1部の前半はちょっと退屈だったが、終戦直後の悪夢と現代の悪夢が重なり合うようになってこれはどうなるか、と思わせたところで予想外の第2部。これ以上書くと完全なネタバレになってしまうのでもう書けないが、それにしてもこんなストーリー、よく考えたなと感心しつぃまった。第2部の意外な展開、そして第3部の盛り上がり。あまりにも残酷で、悪夢で、それでいて目を離せない。地獄がそこにある崖の際を歩き続けている気分になる不気味さである。
 とはいえ、細部まで考えられて組み立てられているのは事実なんだが、どう考えても反則技だよな、これ。面白いことは否定しないのだが、これを使われたら何でもできるだろうと思ってしまう。
 何とも評価しづらい作品ではあるが、なんとなくフランスミステリらしいと感じてしまう自分もいる。どっちに転がるかはわからないが、手に取って読んでみてくれ、とは言いたくなる作品であった。

天祢涼『あの子の殺人計画』(文春文庫)

 母子家庭で育つ小学五年生の椎名きさらは、母親から罵倒され、食事を抜かれても躾だと信じていた。周囲から「虐待だ」と指摘されるまでは。一方、神奈川県警の真壁は風俗店のオーナーの刺殺事件を捜査。きさらの母親を疑うが、娘と一緒に居たというアリバイを崩せない。行き詰まった真壁は、少年事件が得意な仲田に協力を仰ぎ――。(粗筋紹介より引用)
 2020年5月、文藝春秋より単行本刊行。同年、第3回細谷正充賞受賞。2023年9月、文庫化。

 『希望が死んだ夜に』に続き、神奈川県警刑事部捜査一課所属の真壁警部補と、多摩警察署生活安全課所属の仲田蛍巡査部長が少年事件に対峙するシリーズ第2作。
 母親に虐待されているのに気付かない小学五年生の椎名きさらの視点と、川崎区内で風俗店オーナー遠山董が殺害された事件を川崎警察署刑事課の若手である宝生巡査部長とともに捜査に当たる真壁警部補の視点が交互に語られる。殺人事件は、かつて遠山の店で働いていた椎名綺羅が容疑者に浮かび上がるも、事件当夜は娘のきさらと一緒に自宅にいたアリバイがあり、決め手に欠けていた。真壁は少年が絡む事件に携わったことのある仲田に協力してもらう。一方きさらは、保健室の遊馬先生や転校生の高橋翔太と話すうちに、自分が虐待されているのではと考えるようになる。
 全く知らなかったが、前作『希望が死んだ夜に』は「こどもの貧困」がテーマ。そして本作は「こどもの虐待」がテーマである。きさらのパートと真壁のパートを通し、子供の虐待と周囲の反応、そして隠れたテーマである性産業の洗脳といった社会問題が浮き彫りになる展開はうまい。ただ作者が作者なので、当然のことながら本格ミステリの要素が絡んでくる。前作はわからないが、本作はその仕掛けに偶然要素が多く、かなり無理がある。それにこの展開、某有名作に近いのは回避できなかったのだろうか。
 また真壁がただの見守り役にしかなってなく、事件の解決に全然役立っていないというのはちょっと問題ではないか。もっと自己主張してもよかっただろうに。
 なんか、もやもやしたまま終わった作品。もうちょっと工夫があってもよかったんじゃないだろうか。

D・M・ディヴァイン『紙片は告発する』(創元推理文庫)

 お父さんが思ってるほど、あたしは馬鹿じゃない。誰かさんを刑務所送りにできる秘密を知ってるんだから……町議会議員の娘だが周囲に軽んじられているタイピストのルースは、職場で拾った妙なメモのことを警察に話すと、町政庁舎(タウンホール)の同僚たちに漏らしてしまう。その夜、彼女は何者かに殺害された……! 現在キルクラノンの町では、町長選出にまつわるいざこざが持ち上がっており、庁内には腹に一物ある連中がひしめいていた。即座に口封じに及んだのは誰か? 地方都市を舞台に起る殺人事件とその謎解きは、ディヴァイン犯人当ての真骨頂!(粗筋紹介より引用)
 1970年に発表。著者の第九長編。2017年2月、邦訳刊行。

 タイピストのルース・エルダーが拾ったメモは、公共事業の不正入札の証拠ではないか。しかしルースは警察に話す前に殺される。物語の視点は、町書記官ジョフリー・ローリングスと不倫をしている服書記官ジェニファー・エインズレイに移る。
 本作もディヴァインの過去作品と同様、小さな町を舞台にした人間模様の中で起きた殺人事件とその謎解きが繰り広げられる。丁寧な人物病素や、ラブロマンスが描かれるのもお馴染みであり、またこのパターンかよなんて思いつつも、読んでいるときは物語に引き込まれていくのは、やっぱり作者が巧いんだろうね。派手なトリックはなくとも、犯人捜しの妙も相変わらずである。
 似たような傾向の作品を何作も続けて読まされたらさすがに飽きるだろうけれど、1~2年に1冊なら、懐かしい味に出会った喜びの方が大きくなる。これもまた、ミステリの愉しみかな。