平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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リチャード・デミング『絞首台のある庭 私立探偵マニー・ムーン』

 私立探偵ムーンのもとに若き美女の依頼人グレースが訪れてくる。大手ドラッグストア・チェーンの経営者だった父を交通事故で失くし、莫大な遺産が彼女と兄のドンにのこされるはずだった。ただし、21歳まで独身でいることが相続の条件となっていた。ところが、兄が行方知れずとなり、グレースの身にも不可解な事故が何度も起きていたのだ。ボディガードを依頼されたムーンは、富豪一家の屋敷に、グレースの恋人の友人というふりをして乗り込むことになるが、グレースの義母アン、叔父ダグラス、アンの叔母、使用人たちと、疑わしい人物が勢ぞろいしていた――。正統的ハードボイルドに本格謎解きの魅力が備わった、私立探偵マニー・ムーンの推理と活躍が存分に楽しめる長篇第一作が満を持して本邦初紹介。(粗筋紹介より引用)
 1952年発表。2026年7月、邦訳刊行。

 昨年、日本独自編纂の中編集『私立探偵マニー・ムーン』で話題をさらったデミングのマニー・ムーンシリーズ長編第1作。発表順としては、前作が1948~1951年に執筆された中編なので、その後の話となる。前作までと登場人物の設定が若干変わっており、例えばムーンの元婚約者ファウスタ・モレニがカジノ〈エル・パティオ〉のディーラーから経営者に昇格している。
 命を狙われている若い女子大生の依頼人を守るという設定は、いかにもハードボイルドらしい設定。ところが女子大生の家には、いかにも怪しい人物はそろっているし、事故死した父親が遺した遺言状は何かが起きてもおかしくはない内容と、こちらは黄金時代の本格ミステリに有りがちな設定。ハードボイルドと本格ミステリという二つの相反する要素がどう絡み合うか。
 まずは主要登場人物のキャラクター造形がしっかりと固まっており、読んでいて楽しい。モレニが女子大生グレースと張り合って似たような服装をするところなどは笑うしかない。元戦友でカジノの接客係であるモウルディ・グリーンは命令されたことしか実行しないため、肝心なところでのドタバタを生み出す良い存在となっている。ライバル関係にある殺人捜査課警視のウォーレン・デイも、時には鋭い推理を見せつつも、なんだかんだ言いながらムーンに頼っているところが面白い。
 前作では難題ともいえるハードボイルド要素と本格ミステリ要素をうまく融合させたが、本作もその難題を楽々とクリアしているのが凄い。命を狙うギャングと対峙するマニー・ムーンは格好良いし、アクションシーンは映像を見ているかのような迫力。パルプ雑誌のハードボイルドを彷彿させる展開はさすがである。
 しかし驚くのは本格ミステリ要素の方。途中でも切れ味鋭い推理をみせるムーンであるが、最後はなんといっても関係者を全員集め、名探偵のよう推理を始めるのだ。しかもその推理が、ある一つの事実(これがハードボイルドならではなのだが)から犯人を論理的に導き出すというもの。おお、クイーンだ。お見事!
 今年の海外作品は力作が多いからどうなるかわからないが、ベスト10には入ってくるだろう。そして本ミスも含め、1位に選ばれても納得する。そんな文句なしの傑作である。なぜこれが、今まで訳されてこなかったのだ! ということで出版社には、当然次もお願いしたい。

東川篤哉『夜の喜劇 東川篤哉短編集』(東京創元社)

 うっかり恋人を殺してしまった青年が被害者を演じる、夜の会話劇―― 容疑者は四人、あなたは真相を見抜けるか? 正統派犯人当て小説―― 冴えない青年の恋愛が、占い師の予言で思いがけぬ展開をたどる異色短編―― 雪積もる屋敷で計画された殺人、そのために密室をつくらなければ―― 天才奇術師の死を巡って幾度も覆される推理の果てに待つ仕掛け―― 脱力を誘うユーモアに騙されるうちに、意外なトリックと明快なロジックが冴え渡る、著者初のオリジナル短編集。(帯より引用)
 2017~2025年、アンソロジー、『ミステリーズ』、『紙魚の手帖』等に掲載。2026年7月、刊行。

 自己中心的で我が強い専務の一人娘広瀬智香に日曜の夜中に呼び出され、家へ向かった恋人の鳥越翔太。ところが新入社員と浮気していることを責められ、しかも他の女とも浮気していることを口走ってしまったため、智香は逆上。自殺するとナイフを持ち出すも、やっぱりあんたが死ねと言い出し、揉み合う内に智香を刺してしまった翔太。しかし智香は死ぬ直前、翔太を花瓶で殴って気絶させてしまう。目を醒ました翔太の前に居たのは、智香の後輩で総務課に勤める居候中の倉橋ミリア。翔太はミリアをなんとか言いくるめようとする。「鳥越さんは立派な被害者」。
 接待ゴルフで酔っ払っての帰り道。大島聡史が目を醒ますと、そこはローカル単線の目的駅。慌てて降りて、一人暮らしの日本家屋まで帰ってきたが、玄関の鍵は開いている。朝忘れたかと思いつつ電気を点けると、金庫が開いている。驚いた瞬間、何者かに殴られて気を失ってしまった。盗まれたのは家に伝わる高価な茶碗。身内の恥になるからと警察に届ける代わり、聡史が事件の解決を依頼したのは、「手代木探偵事務所」の手代木礼次郎。動機があるのは兄、叔父、従姉妹、交際相手の4人。しかしいずれにもアリバイがあった。「アリバイがある容疑者たち」。
 『神保町の母』の異名をとるカリスマ占い師アンタレス聖羅。今週末、憧れの女性との初めてのデートでうまくいくかどうかを占ってもらうと、上手くいくとの言葉と、さらに出鱈目としか思えない予言を幾つかしてもらう。そしてデート当日、とんでも予言のおかげで盛り上がらないデートであったが、とんでもない事件に巻き込まれて。「どうか僕を占ってください」。
 芸能事務所に所属する売れない若手女優紅林紅子は、大御所ミステリ作家の叔父を殺害して遺産を得ようと、大学時代の腐れ縁である脚本家志望の下村健太を連れて、山奥にある西洋屋敷「銀嶺館」にやって来た。大雪で閉じ込められた客が五人もいる中、二人は倉庫で叔父を首吊り自殺に見せかけて殺害し、倉庫を密室に仕立て上げる。「紅林紅子の誤算」。
 天才マジシャン花巻天界が、建築中の『陽奇館(仮)』の密室の『現場(仮)』で首を絞めて殺害された。容疑者は、ここから少し離れたところに建っている花巻邸に招待されていた客四人。昨日、突然の雷雨で立ち往生し、偶然見つけた花巻邸に宿泊させてもらった名探偵四畳半一馬が、助手の間広大に記録を取らせつつ、解決に導く。「陽奇館(仮)の密室」。

 デビューして24年、著者初となるノンシリーズ短編集。密室、アリバイ、倒叙、犯人当てと、ユーモアに溢れながらも本格ミステリに挑んだ5編である。
 個人的に思うのだが、東川篤哉はもう少しユーモアを抑えた方が面白い作品を書けるのではないかと思ってしまう。ユーモアが時に、ひどいおふざけに見えてしまうのは勿体ない。特に「紅林紅子の誤算」はユーモアが過剰過ぎておバカな作品に仕上がっているのだが、これは元々そういう作品だから仕方がないか。もっと別の方向から書けば、倒叙作品としてもよい仕上がりになったんじゃないかと思ってしまうのだが。
 おバカすぎてどうにもならないのは「鳥越さんは立派な被害者」。話聞く前に警察と救急車呼ぶだろ、ってだけの話である。
 「アリバイがある容疑者たち」は犯人当て小説。絶対声掛けるだろ、という話はさておき、それなりにまとまった作品ではある。
 「どうか僕を占ってください」は本作品集の中のベスト。ちょいとおバカな部分はあるけれど、この展開は非常に巧いと思った。トリックは単純でも、使い方とプロットさえよければ面白くなるという典型。
 「陽奇館(仮)の密室」は密室物。某有名長編のトリックのアレンジには見えるが、これはこれであり。これを成立させるだけの舞台設定を作ったのは巧いと言えよう。

 最初にも書いたけれど、この人はもう少しユーモアを抑えて書いた作品があってもいいと思うんだけどなあ。ときどきユーモアがおふざけになるのが残念。そうすればもっと評価はあがるのにと思ってしまう。もっともそうしたら、人気は落ちるかもしれないけれど。タイトルは上手い名前を付けたと思う。ベストに入れるほどではないが、悪くないよと進められる佳作短編集である。

北山猛邦『『石球城』殺人事件』(講談社)

 凍てつく世界を旅する少年・ルーサは壁で囲まれた城塞都市・石球城(せっきゅうじょう)に迷い込む。無数の石球が散らばり、永遠に夜が明けない閉ざされた街(クローズド・サークル)は、九人の王が支配し、十三の灯台とそこに住む巫女によって保たれていた。自身の正体を知るため、ルーサは“世界の果て”を目指す少年・ロメリアと、巫女・カヮクの灯台を訪れるが、待っていたのは密室首切り死体。巫女殺しの疑いをかけられたルーサは犯人を捜索するが、今度はべつの巫女が密室首切り死体として発見されーー。(粗筋紹介より引用)
 『メフィスト』2025〜2026年連載。2026年6月刊行。

 「城」シリーズ21年ぶりの新作、とのこと。シリーズ自体読んだことないよ、などと思いつつも、よくよく考えみたらデビュー作『『クロック城』殺人事件』もシリーズの作品だった。「城」シリーズはそれぞれ独立しているから、別に過去作品を読んでいなくても構わないのだが。
 本作は、城壁に囲まれた都市・石球城で起きた13の密室事件。城壁を囲う13の灯台で13の密室殺人事件が起きる。
 自身が創造したファンタジー仕様の世界で、「物理の北山」らしいトリックが繰り広げられる。個人的にこういう仕様の本格ミステリは、よほどうまくはまらない限り苦手。トリックから逆算して世界を作るのか、世界観にふさわしいトリックを当てはめていくのかはわからないが、トリックに合わせて好きなように世界を作れるじゃないか、というのがどうしても逃げ道にしか見えないのだ。物語を作るのは大変だろうと思うけれどね。ましてやこれだけ呆れるような物理トリックを駆使されると、どうでもよくなるというのが本音である。
 ベスト候補になるだろうと思って手に取ってみたけれど、デビュー作からやっていることは変わらなかったんだな、という印象しかないな。ファンとマニアだけが喜ぶ作品、としか思えない。それが悪いわけではないけれど。

月村了衛『機龍警察 漆黒社会』(早川書房 ハヤカワ・ミステリワールド)

 姿警部との契約満了が迫る中、国際人新取引事案解明に着手した特捜部は機甲兵装用の特殊義肢を開発した本川製作所の関与を察知する。さらに城州グループとフォン ・コーポレーションが水面下で本川株の争奪戦を展開しているという。一方、香港黒社会大幹部の(クワン) は、何故か新疆ウイグル自治区で大虐殺の実態を追っていた――救済なき現代を照射する大河警察小説、絶望と地獄のシリーズ第一部ここに完結。(粗筋紹介より引用)
 『ミステリマガジン』2024年11月号~2026年7月号連載。加筆修正のうえ、2026年8月、刊行。

 作者のデビュー作から続く至近未来大河警察小説シリーズ、5年ぶりの新刊であり、第一部完結作品。台風による暴風雨の中、帰投中だった巡視船「あさじ」が不審な動きをする小型貨物船「バーバラス」を見つける。誘導を試みて呼びかけるが、積み荷のコンテナを海中に投棄して逃亡を図った。激しい銃撃戦で「バーバラス」の乗組員はすべて死亡。航海データ等はその間に証拠隠滅のためすべて破壊された。しかし投棄された最後のコンテナを発見しブイを固縛した。天候回復後に回収されたコンテナの中からは、無数の子供の水死体だった。
 人身取引事案に見えたが、「バーバラス」を所有していたのはシンガポールの総合商社であったが、出資者の中に本川製作所の海外法人の名前があった。子供たちは少年兵用の特殊義肢のための「素材」であることが予想され、特捜部が手を付けることとなった。
 ショッキングな事件から始まる本作。本川製作所、フォン・コーポレーション、城州グループといった、これまでシリーズを黒く彩ってきた組織や、様々な登場人物が抱えた問題や葛藤について一応の決着が着く作品となっている。
 敵対視しながらも共通の目的を持った者たちが、なんだかんだ言いながらも信頼関係を築いていることに感動。その逆に、派閥や権力闘争で敵対する者たちの醜悪さに激怒。国や社会や国民がどうなろうとも、自分たちの利益と都合ばかり追いかける姿を見て、これが遠くない未来(もしくはすでに迎えている現相)の真実なのだろうと思ってしまうと、哀しくなってくる。
 それにしても、ここまで描写できるのかというぐらいな凄惨なシーンが待ち構えている。今までの地獄が「天国」にすら見えてくるような、恐ろしい「地獄」が。政治家や官僚たちにもこの「地獄」を味わってほしいなどと考えてしまうのは、自分もまだまだ若いのだろうか。
 本作で敵も味方もある程度整理され、生き残った者たちは新たな覚悟を持って自分の信じる道に向かって進むことになる。シリーズ第一部完結編に相応しい、青酸過ぎる傑作。世界の表裏関係なしに様々な組織、会社、そして国の利害関係が複雑に絡み合う背景を明らかにし、利用され翻弄される弱者を救済するために、特捜部とそのメンバーはどこへ向かうのか。血みどろの大河の第二部を早く書いてほしい。