一度死んだ村に、人を呼び戻す。それが「甦り課」の使命だ。山あいの小さな集落、
『オールスイリ 2010』『オール讀物』2013年11月号、2015年11月号、2019年6月号掲載作品に書き下ろしを加え、2019年9月、文藝春秋より単行本刊行。
山間の小さな集落、簑石に一人もいなくなるまで。「序章 Iの悲劇」。
Iターン支援推進プロジェクトに第一陣として転居してきたのは、久野家と安久津家。それから10日目、ラジコンヘリが趣味の久野は、安久津の家が夕方から焚火してスピーカーで訳の分からない音楽を流し続けると苦情を言ってきた。「第一章 軽い雨」。
Iターン支援推進プロジェクトで、十世帯が蓑石に移住してきた。そのうちの一人、牧野は休耕田に水を張り、鯉を育て始めた。四方にポールを立てて、目の細かい緑のネットを張っているのに、鯉が盗まれて減っていると苦情を言ってきた。出張中の万願寺はすぐに答えを出せず、明日夕方、帰り次第牧野の家を訪れると約束する。「第二章 浅い池」。
民間の歴史学者久保寺治は、平屋建てに山ほどの本を持ち込んだ。絵本などもあることから、近所に住む立石家の子供、速人が度々遊びに来ていた。ある日、その速人が母親に、本のおじさんのところへ行くと言ったまま帰らなかった。しかし久保寺は仕事で名古屋に行っていた。「第三章 重い本」。
河崎夫婦の妻、由美子は、車の排ガスは毒だ、隣家の上谷が建てたアマチュア無線のアンテナから電波が出て体に悪いなどとクレームをつける。移住者の一人、長塚が親睦を深めるために秋祭りを開催し、バーベキューを行った。そのとき、由美子が毒キノコを食べてしまい、救急車で運ばれた。「第四章 黒い網」。
西野と万願寺は、プロジェクトの提案者である飯子市長へ現況の報告書を提出する。すでに半分以上が箕石を出ているのにも関わらず、大野副市長が少し激するも、山倉副市長や飯子は甦り課の責任を問おうとしなかった。その夜、万願寺は東京で働く弟と久しぶりに電話で会話する。「第五章 深い沼」。
円空が彫った仏像が、若田夫妻が借りている家にあった。長塚はその仏像は重文指定級であり、円空仏を中心にミュージアムを建て、観光地化しようと甦り課に訴えた。しかし若林一郎は、預かりものだから仏を公開することは許されないと答えた。「第六章 白い仏」。
箕石へ訪れた西野、万願寺、観山がこれまでのプロジェクトを振り返る。「終章 Iの喜劇」。
合併してできた小さな南はかま市にある、無人化した集落箕石に人を呼び戻すIターン支援プロジェクト。業務にあたった甦り課の面々が、様々な事件に対応する連作短編集。タイトルに「Iの悲劇」とあるし、そもそもハッピーエンドがほとんどない作者のことだから、プロジェクトがうまくいかないのは予想できる。
途中に出てくる様々な問題、そして万願寺と弟のやり取り、さらに結末などを通し、現在の日本の難題の一つを浮き彫りにしている。合理的に考えるか、情緒的に考えるか。答の出しにくい問題である。
作者はそんな問題点を提示しつつ、集落で起きた事件と推理を提供する。まあ、事件というほどの大きな事件ではないし、推理できるほどの材料が全て与えられているわけでもないのだが、それは主眼点を考えると当然の手法になるのだろう。日常の謎レベルで社会派のテーマを取り扱うのは、珍しいかもしれない。
作者も色々なテーマを取り扱っているのだな、と思わせる一冊。本格ミステリを楽しみたかったという人には、がっくりするかもしれないが、個人的には面白く読むことができた。一番好きなのは、「第二章 浅い池」。不可能事件のように聞こえるも、現場を見てしまえば一目で答えが出てしまうそのギャップが面白い。馬鹿馬鹿しいと言う人も多そうだが。
犯罪の世界を漂う
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「求刑無期懲役、判決有期懲役 2023年度」に1件追加。
『お笑いスター誕生!!』の世界を漂う
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犯罪の世界を漂う
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「死刑確定囚リスト」「死刑執行・判決推移」を更新。
札幌拘置支所に収容されているのは、大森勝久死刑囚のみとなりました。
手塚治虫『ミッドナイト ロストエピソード』(立東舎)
『ミッドナイト』は、もぐりの深夜タクシー運転手ミッドナイトが、乗客にまつわるドラマにかかわっていく、一話完結形式の連載作品。『週刊少年チャンピョン』に連載された。少年週刊誌の連載にこだわっていた手塚治虫にとって、最後の連載作品である。
ミッドナイトが運転するタクシーは、自らが改造したもの。ミッドナイトの本名は最初は出てこず、連載の合間で彼の過去が少しずつ明らかになっていく。もぐりのタクシー運転手をしている理由は、恋人が自らの事故で植物人間の状態になり、その治療費を払うためである。
第1部と第2部があり、第2部ではミッドナイトがエスパーであること、そして意外な展開が用意されている。そのためか、秋田書店や手塚治虫漫画全集などでは最終話に至る展開が収録されておらず、後に秋田漫画文庫版で収録された。
『ミッドナイト ロストエピソード』は、単行本未収録11話分とブラック・ジャックの登場回3話分、ミッドナイトに恋心を抱くトラック運転手兼社長の鵲カエデのエピソードが収録された。さらに全67話分の扉絵原画、単行本の表紙絵、予告カット、そして当初の構想作であった『ドライブラー』の原稿などの資料が収録されている。
久しぶりに手塚漫画を購入。単行本とは違う雑誌掲載版などが多く出版されているが、値段が高くてなかなか手を出す気にならない。『火の鳥《オリジナル版》復刻大全集』(復刊ドットコム)を全巻購入して比べてみると、太陽編を除くとやはり手塚が改めて手を加えた方が面白いなと思ってしまうので、雑誌掲載版にそれほど興味が湧かないというか。本書は単行本未収録作品であったので、手に取ってみる気になった。
ただ、晩年の『週刊少年チャンピョン』連載作品は、正直言って好きになれない。『七色いんこ』は面白かったが、『プライム・ローズ』『牙人』『ブッキラによろしく』『ゴブリン公爵』はいずれも面白くなかった。実際評判も悪かったようで、『ブッキラによろしく』第1巻をのぞくと、手塚が亡くなるまで単行本にはなっていない。『ブッキラによろしく』第2巻も手塚が亡くなってからの刊行であるが、どう見ても打ち切りっぽい終わり方だった。
『ミッドナイト』は作者もお気に入りだったようで、かなり気合が入っていた。ただ本人も自覚しているように、絵が青年向けに近いものになっていて、その部分は好きになれない。それでもこの頃は立ち読み(ごめん)で毎週読んでいた。コミックスも買っていた。ただ、最終話にいたるエピソードを除くと、覚えていない。そのため、結構新鮮な気持ちで読むことはできたが、内容としては残念ながら今一つ。正直言って、中身が薄い。相当疲れていたんじゃないだろうか。ブラック・ジャックの使い方も、人気対策で無理矢理引っ張り出してきた感が強い。楽屋落ちみたいな言い回しもやめてほしかった(とはいえ、『ブラック・ジャック』本編の時は楽屋落ちもそんなに気にならなかったんだけどね)。
第1部と第2部の間に1か月ぐらい空いているけれど、そこで終わりに向けての構想を練っていたんじゃないかと思う。多分人気が落ちていたんだろうなあ。
どうせだったら、第2部を全部収録してほしかったな。そこから流れが大きく変わっているので、作品の変換がわかったはず。少年週刊誌の連載にこだわっていた手塚治虫にしたら、この終わり方は不本意だったと思う。
阿津川辰海『午後のチャイムが鳴るまでは』(実業之日本社)
他人から見れば馬鹿らしいことに青春を捧げる高校生たちの群像劇と、超絶技巧のトリックが見事に融合。稀代の若き俊英が“学校の昼休み”という小宇宙を圧倒的な熱量で描いた、愛すべき傑作学園ミステリ!(粗筋紹介より引用)
『THE FORWARD』『Web ジェイ・ノベル』2022~2023年掲載作品に書き下ろしを加え、加筆修正のうえ2023年9月刊行。
2021年9月9日、九十九ヶ丘高校2年生の結城と日下部顕は、昼休み校外外出禁止の校則を破り、無料券を手に近くのラーメン屋で昼食を食べる計画を立てた。タイムリミットは昼休みの65分。文化祭準備で忙しい校内を2人は、体育館裏のフェンスの穴からひそかに抜け出した。「第1話 RUN! ラーメン RUN!」。
来たる文化祭で販売する部誌の校了直前、学校で合宿していた文芸部員たち。なんとか原稿はそろったものの、表紙イラストが昼休みになっても届かない。イラストレーター「アマリリス」こと3年生の司麗美は家で描いているはず。2年生の楢沢芽衣は川原聡と一緒に家へ行こうと体育館裏のフェンスの穴へ向かったら、偶然麗美の姿を見かけた。逃げる麗美を追いかけて体育館を曲がると、麗美の姿は消えていた。近くに居た1年生の男子に聞いても、女子生徒は通らなかったという。麗美はどこへ消えたのか。「第2話 いつになったら入稿完了?」
2-Aの男子全員は6月から毎週木曜日、消しゴムポーカーで遊んでいる。13人の男子が1人4個ずつ、トランプの図柄が書かれた消しゴムを保管し、ポーカーをしているのだ。9月の第2木曜日に行われる第2回大会を前に、今本がクラスのマドンナに告白すると宣言。本人のいないところで争った結果、第2回大会の優勝者が告白する権利を得ることとなった。「第3話 賭博師は恋に舞う」。
水曜日の放課後、占い部の茉莉は、文化祭に向けて明日プレオープンする「占いの館」の扉の外で「星占いでも仕方がない。木曜日ならなおさらだ」という男の声が聞こえてきた。翌日の昼食中、茉莉は友人のアリサとエミと一緒に、この言葉の意味を推理する。「第4話 占いの館へおいで」。
体育教師兼生活指導の森山進は、机の上に置いてあった17年前の学校新聞「ツクモ新報」を見て、当時の事件を思い出す。屋上の天文台から、2年生の浅川千景が消失したのだ。森山は浅川と同じ当時の天文部員であり、そして目の前で消えるところを見ていた。森山の元へ書類を持ってきた生徒会長は、風で飛んだ新聞を拾い、「十七年後の今日、解かれることが定められていたのです」と言い立てた。「第5話 過去からの挑戦」。
阿津川辰海による、日常の謎学園ミステリ。倒叙もの、消失トリック、賭博、推論、再び消失トリックと様々なジャンルを交えつつ、学園ものらしいやり取りが繰り広げられる。
帯の言葉だと若林踏の「一瞬の煌めきを多種多彩なミステリの型や技巧とともに描いた、青春群像小説」という言葉が一番ピッタリくるかな。大人から見たら馬鹿馬鹿しいかもしれないことに情熱を傾け、そして恋に心をときめかせ、友情に熱くなっていた時代。舞台や手に取るものは変わったかもしれないが、あの頃の心は永遠。
まあ、青春小説として読むには、昔の青春作品のパターンを踏襲しているな、という部分はあるにしろ面白く読める。ただ、本格ミステリとして読むとどうだろう。単品のミステリとして面白いのは、せいぜい「第4話 占いの館へおいで」ぐらいだろうか。ストーリーを読めばすぐにわかる通り、「九マイルは遠すぎる」にインスパイアされた作品である。ただ、あまりにもストレートなオマージュなので、ひねりがないのは残念。
この作品のキモは「第5話 過去からの挑戦」で傍点を打っていた箇所だったようだ。ただ最初から〇〇が出てこない時点ですぐにわかってしまうし、わざとらしい〇〇表示もどうかと思う。勘が悪くても、第2話の時点でほぼ予想がつくだろう。タイトルももう少し考えた方がよかったんじゃないだろうか。
とりあえず面白く読めるんだけど、この作者に求めるものからしたら微妙だね。読者が「作者に求めるもの」なんて、勝手な押し付けでしかないんだけど。続編ってあるのかな、これ。この登場人物なら読んでみたい気はする。長編向きではないだろうが。
道尾秀介『鬼の跫音』(角川文庫)
刑務所で作られた椅子に奇妙な文章が彫られていた。家族を惨殺した猟奇殺人犯が残した不可解な単語は哀しい事件の真相を示しており……(「■(ケモノ)」)。同級生のひどい攻撃に怯えて毎日を送る僕は、ある女の人と出会う。彼女が持つ、何でも中に入れられる不思議なキャンバス。僕はその中に恐怖心を取って欲しいと頼むが……(「悪意の顔」)。心の「鬼」に捕らわれた男女が迎える予想外の終局とは。驚愕必至の衝撃作!(粗筋紹介より引用)
『野性時代』2006~2008年に掲載。2009年1月、角川書店より単行本刊行。2011年11月、文庫化。
片想いしていた杏子は、私と同じ大学の友人であるSの恋人になってしまった。しかも隣室のSは、これみよがしに杏子の声を聞かせてくる。しかもSには別の女もいた。大学にほど近い自然公園で、私はSを殺して埋めた。私は杏子と結婚し、子供も生まれるが、11年後、Sの死体が発見される。「鈴虫」。
優秀な家族の中で一人ダメ人間の私は、床に転がっていた刑務所で作られた椅子に奇妙な文章が彫られているのを見つける。書かれていたSの名前から祖母・父・後妻を殺害した事件の概要を見つけた私は、唯一生き残ったSの妹に会うために福島県まで出かけた。「■(ケモノ)」(■はけものへん)。
高校三年の私は、Sが率いる不良集団四人組の一人。Sに女を凌辱しろと言われた私は、二週間後の秋祭りの夜に決行することにした。それから二十年後、私は故郷を訪ねる。「よいぎつね」。
小説家の私の部屋に見たことがない青年が、2か月前に盗んだ招き猫の貯金箱を返しに来たと訪ねてきた。ところが私には全く心当たりがない。お金かと思った紙は「残念だ」と書かれたメモだった。私は二年前、高校の同級生だったSが、妻と一人娘を自損事故で亡くしたことを思い出す。「箱詰めの文字」。冒頭に、この私が「よいぎつね」のラストシーンらしきものを書いている下りがある。
1月7日、私はSに教えられた神社に行き、どんどやの火に達磨をくべる。7日前に私の願いは叶ったから。炬燵の向こうにいるSは、いつも私に微笑んでくれる。私を愛してくれるSがいる。「冬の鬼」。
同級生のSにいつも虐められている小学四年生の僕は、ゴミだらけの家に住む女性と知り合う。女性は押入れから取り出したキャンパスで、頭の上を振るった。それから僕は、Sのことが怖くなくなった。「悪意の顔」。
心に潜む「鬼」と向き合う作者の第一短編集。犯罪小説、怪奇小説、幻想小説、耽美小説など様々なジャンルの雰囲気を漂わせつつ、似たようなテイストで様々な異なる面を描き出す、六つの短編が収められている。
Sという登場人物名が共通するものの、当然ながら別人。あえて揃えることで、鬼というテーマの統一性を補強したのだろう。どの短編も後味はよくない。人の心に潜む「鬼」の恐ろしさをじわじわと浮かび上がらせるその筆致は巧みである。あえて短い枚数で収めることで、恐怖を増すことに成功している。作者のデビュー初期に書かれた作品ということで、かなり力を入れていたのではないだろうか。
個人的なベストは「■(ケモノ)」。最後でやられました。