平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

鳥飼否宇『紅城奇譚』(講談社)

 ときは戦国。九州に、謎と血にまみれた城があった――。
 織田信長が天下統一をもくろみ、各地の戦国大名を次々と征伐していた16世紀中頃。九州は大友、龍造寺、島津の三氏鼎立状態となっていた。そんななか、三氏も手を出せない国――勇猛果敢で「鬼」と恐れられた鷹生(たかき)氏一族の支配地域があった。その居城、血のように燃える色をした紅城で、次々と起こる摩訶不思議な事件。消えた正室の首、忽然と現れた毒盃、殺戮を繰り返す悪魔の矢、そして天守の密室……。眉目秀麗な、鷹生氏の腹心・弓削(ゆげ)月之丞(つきのじょう)が真相解明に挑む!(帯より引用)
 2017年7月、書下ろし刊行。

 九州の戦国大名である鷹生龍政の居城、紅城(くれないじょう)。白壁を辰砂で赤く塗り、燃えるようなその紅色は、討ち取った敵兵の血で染められていると恐れられた。『序』
 天正八年(一五八○年)葉月十五日、龍政の正室であり、かつては主君筋だった椎葉義忠の息女である鶴の首無し死体が井戸曲輪で発見された。そばに転がっていたのは、第二側室、月の血まみれになっている薙刀。しかも龍政たちが現場を確認中、第一側室で子を身籠っていた雪が、隅に建つ月見櫓から墜落死した。『破之壱 妻妾の策略』。
 葉月十八日、紅城で雪を偲ぶ宴席が設けられた。実弟の龍貞は、龍政と鶴の間に生まれた五歳のに(にお)に酌をさせつつ、隣に座らせた腹心牛山武兵衛の妹である菜々にちょっかいを出していた。徳利の酒がなくなり、鳰は廓で椎葉家秘蔵の酒を入れて持ってきた。しかしそれを飲んだ龍貞は、苦しんだ挙句死んだ。毒が入っていた。『破之弐 暴君の毒死』
 霜月朔日(ついたち)。龍政は明後日の弓比べのために、龍政と鶴の間に生まれた熊千代と、軍師利賀野(とがの)玄水(げんすい)の嫡男彦大夫の練習を見ていたが、熊千代の不甲斐無さに叱責し、龍政の父で隠居している龍久のところへ稽古に行かせた。そして弓比べ当日、彦大夫の弓が、なぜか幕の向こうに居た龍久に刺さり死んでしまった。罰として龍政は翌日、彦太郎を獲物とした狩りを行い、殺してしまう。さらに翌日、熊千代が利賀野家の矢で殺された。『破之参 一族の非業』。
 師走十日。龍政の夜伽をしていた月が狼藉者に殺された。さらに襲撃は続き、龍政は第三側室の花とともに天守に籠る。しかし地震のあった夜、天守の三階に閂をかけ一人で寝ていた龍政は、翌朝死んでいた。『破之肆 天守の密室』。
 すべての謎が明かされる『急』。

 鳥飼否宇が初めて書いた時代ミステリ。架空の大名の城で起きた、摩訶不思議な事件の数々と、城主一族の滅亡が描かれる。
 作者のいままでの作品とは予想外の方向による連作短編集。全部で四つの不可能犯罪が起きるが、そのいずれもがあまりにも突飛な解決。戦国時代ならではのトリックであり、この時代ならではの殺伐さが色濃い。結末までの物語の流れは大方の予想通りであるが、よくもまあこんな奇抜なトリックを考え付いたな、という意味では一読に値する。ただ、最後はあまりにも馬鹿馬鹿しいけれど。
 いくら戦国時代と言っても、さすがにリアリティには乏しい。むしろ戦国時代なら、どこかで誰かが龍政に手をかけていたんじゃないだろうか。それぐらいの暴君であり、四作目までよく生き残っていたものだと思ってしまう。戦国時代のリアリティにうるさい人は、読まない方がいいだろう。本格ミステリの馬鹿馬鹿しさを共有できる人には、面白い作品かも知れない。

「推理クイズ」の世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/mystery-quiz/index.htm
「このクイズの元ネタを探せ」に推理クイズを1問追加。

 H・A・リプリー『新1分間ミステリー』(扶桑社ミステリー文庫)は購入済みですが、感想は後日。

クリス・ウィタカー『終わりなき夜に少女は』(早川書房)

 アメリカ、アラバマ州の小さな町グレイス。嵐が近づきつつあるこの町でかつて起こった連続少女誘拐事件は、未だ真犯人が捕まらず、捜査は暗礁に乗り上げていた。そして1995年5月26日の夜、また一人の少女が失踪した。彼女の名前はサマー・ライアン。町の誰からも愛される彼女が、“ごめんなさい”と一言だけ書いた紙を残していなくなってしまったのだ。警察は単なる家出だと判断したが、サマーの双子の妹レインはそうは思わなかった。レインはサマーとは対照的な不良少女だが、誰よりもサマーのことを愛していた。サマーがレインを置いていなくなるはずがない。レインは捜査を始めるが、その中で彼女は、自分の知らない姉の姿を知ることになる――。(粗筋紹介より引用)
 2017年、イギリスで発表。2024年5月、早川書房より邦訳単行本刊行。

 『われら闇より天を見る』で話題になった作者の第二長編。『われら闇より天を見る』の3年前に出版されている。
 1995年のアラバマ州にある架空の田舎町、ブライマー郡グレイスが舞台。失踪した15歳の少女サマーの双子の妹レインが、警察署の見習で高校生のノア・ワイルドとその親友パーヴィス(パーヴ)・ボウドインとともに探すのが主要なストーリー。そこにグレイス警察署署長のブラックの視点による警察捜査と、サマー自身の視点による過去の物語が加わっていく。
 人物描写やドラマ作りはうまい。特にレインとノア、パーヴのやり取りは、この年代ならではのまぶしさがある。また、覇気のないブラックの存在も、物語に深みを与えている。ただ、ミステリとしてみると、無理が目立つ。『われら闇より天を見る』と比べると、そこが弱いのが残念。
 青春小説としては読みごたえがある作品。『われら闇より天を見る』と比べるとまだ未完成なところがあるのは、仕方がない。新作が、読んでみたい。

呉勝浩『法廷占拠 爆弾2』(講談社)

 法廷に囚われた100人を、ひとり残らず救い出せ!
 未曾有の連続爆破事件から一年。スズキタゴサクの裁判の最中、遺族席から拳銃を持った青年が立ち上がり法廷を制圧した。「みなさんには、これからしばらくぼくのゲームに付き合ってもらいます」。生配信で全国民が見守るなか、警察は法廷に囚われた100人を救い出せるのか。籠城犯vs.警察vs.スズキタゴサクが、三つ巴の騙し合い!(粗筋紹介より引用)
 『小説現代』2024年8・9月合併号掲載。2024年7月、単行本刊行。

 あの『爆弾』の続編が出るとは思わなかったが、確かに法廷でのスズキタゴサクは見てみたい。そこでまさかの法廷占拠、生配信。警視庁捜査一課特殊犯捜査係の類家、野方署の倖田沙良巡査と伊勢勇気巡査も再登場。籠城犯と警察の手に汗握る対決に、スズキタゴサクがいつもの調子で茶々を入れる。
 ジェットコースターのようなストーリー展開ではあるが、前作の緻密な計算ぶりと比べると、一直線急降下という感じ。前作は犯人(=作者)の掌の上で転がされていたのだが、本作は自転車で下り坂をふらつきながら降りている危うさがある。劇場型犯罪ではあるが、定型的な台詞回しと行動が興醒め。確かにどんでん返しが待っているのだが、それすらもすでに種明かしされたマジックを見ているよう。それもこれも、何もかも悟ったようなスズキタゴサクの言動に問題があると思うのだが、どうだろうか。
 確かに一気に読ませる面白さはある。だが、もっとすごくできたんじゃないか、というもどかしさはある。ここは第三弾で巻き返しを期待するしかない。

小学館ドラえもんルーム編『藤子・F・不二雄がいた風景』(小学館)

 藤子・F・不二雄先生の生誕90周年を記念し、先生の生前の人柄に迫った究極の一冊がついに登場!
 国民的漫画家、藤子・F・不二雄とは、いったいどういう人物だったのか。その素顔に、全4章立てで迫ります。
第1章「Biography」:藤子・F・不二雄生誕から、年代ごとに足跡をたどる。数々の名作誕生の背景を徹底紹介。
第2章「Memories」:伝説のトキワ荘で日々を共にしたアニメーターの鈴木伸一・まんが家の水野英子や、当時の担当編集者・アシスタント、初期ドラえもんアニメのプロデューサー、初期映画ドラえもん監督など、当時の関係者が語る、藤子・F・不二雄
第3章「Works」:筆跡が色濃く残る原画を中心としたイラスト集。作品構想メモや下絵も掲載。のび太の未来の姿が描かれた「45年後」も1編まるまる掲載。
第4章「Favorite」:藤子・F・不二雄の好きなもの特集。仕事道具、本棚、世界旅行記、家族との思い出などを徹底取材。(粗筋紹介より引用)

 2024年11月刊行。

 藤子・F・不二雄生誕90周年を迎えて刊行された、藤子・F・不二雄バイオグラフィー。インタビューと写真と創作ノート、生原稿が中心。ただ、付録や文庫本装丁、舞台劇のキャラクターデザイン、カレンダーなどは貴重。『手塚治虫 イラストコレクション』『手塚治虫大人漫画大全』みたいにイラストや1コマ作品などもまとめてくれないかな。
 インタビューは鈴木伸一水野英子ヨシダ忠を除くと編集者、映画関係者が中心であるためか、礼賛が多い。『ドラえもん』がヒットするまでの低迷時期、もうちょっと苦悩するところの話なんか聞いてみたかったけれどね。これは仕方がないか。
 高円宮殿下との対談再録は結構貴重。殿下は意外と漫画ファンで、藤子A(安孫子素雄)との合作やコンビ解消の話まで突っ込んでいたのには驚いた。藤子Fが、「『まんが道』のように、リアルな漫画は僕には描けません」などと語っているのは珍しいと思う。また『オバケのQ太郎』を描くきっかけが、自身の結婚式におけるつのだじろうのスピーチというのも初めて聞いた気がする。『ウメ星デンカ』も気になって読んでいたという話は笑ってしまった。
 ただ藤子F本を読むと、あまり安孫子について語られていないことが気にかかる。藤子A本では必ず語られているのとは対照的だ。藤子Fによる藤子Aエピソードをもっと読んでみたかった。
 もう新作は望めないが、まだまだ語られない藤子Fはあるだろう。小学館にはこれからも頑張ってほしい。