平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

市川憂人『ヴァンプドッグは叫ばない』(東京創元社)

 U国MD州で現金輸送車襲撃事件が発生。襲撃犯一味のワゴン車が乗り捨てられていたのは、遠く離れたA州だった。応援要請を受け、マリアと漣は州都フェニックス市へ向かう。警察と軍の検問や空からの監視が行われる市内。だがその真の理由は、研究所から脱走した、二十年以上前に連続殺人を犯した男『ヴァンプドッグ』を捕らえるためだった。しかし、『ヴァンプドッグ』の過去の手口と同様の殺人が次々と起きてしまう。
 一方、フェニックス市内の隠れ家に潜伏していた襲撃犯五人は、厳重な警戒態勢のため身動きが取れずにいたが、仲間の一人が邸内で殺されて…!? 厳戒態勢が敷かれた都市と、密室状態の隠れ家で起こる連続殺人の謎。マリアと漣が挑む史上最大の難事件! 大人気本格ミステリシリーズ第五弾。
 2023年8月、書下ろし刊行。

 『ボーンヤードは語らない』以来2年ぶりとなるマリア&漣シリーズ。長編となると、『グラスバードは還らない』以来5年ぶりとなる。
 U国A州フラッグスタッフ署のマリア・ソールズベリー警部と九条漣刑事、U国第十二空軍のジョン・ニッセン少佐といったレギュラー陣に加え、フラッグスタッフ署のボブ・ジェラルド検視官、フェニックス署のドミニク・バロウズ刑事、『ブルーローズは眠らない』で登場する天才少女アイリーン・ティレットも登場。そして『ボーンヤードは語らない』収録の短編「レッドデビルは知らない」で登場するハイスクール時代のルームメイトセリーヌ・トスチヴァンがフェニックス署の検視官として登場する。
 ヴァンプドッグ、すなわち吸血犬と呼ばれた二十年前の連続殺人事件の犯人のエピソードと、フェニックス市で発生したヴァンプドックと同様の手口による連続殺人事件。そして現金輸送車襲撃事件の隠れ家では、密室状態の中で襲撃犯五人が次々と殺されていく。
 規模としてはとんでもなくでかい連続殺人事件。ヴァンプドックが絡むことで、謎解きよりも次々と発生する殺人事件に振り回されるホラー風味のパニック小説を読まされている気分になる。それだったらいっそのこと、そのまま終わらせてくれた方がよかったと思う。殺人事件なので当然謎解きが発生するのだが、フーダニットの部分についてははっきり言って面白くない。解りやすい伏線が所々で貼られているので、ほぼ想像がついてしまう。
 本格ミステリとして面白くないもう一つの理由は、事件の謎解きの肝となる部分が、犯人以外には殺人事件の状況から想像するしかないことである。現実に存在しない症状に、さらに仮定を重ねながら推理をしなければならない。つまり、推理をする上での絶対条件が正しいのかどうか、読者からは判断しにくいところにある。もちろん、推理をする上での前提条件が、謎解きをする前に探偵なりワトソン役なりに整理されていればよいのだが、パニック小説の面を重視してることもあり、整理をする時間がない。解決する時点で初めて示されても、小説内の登場人物や読者が見落としていた意外性が欠片もないまま結果を押し付けられる。これでは本格ミステリの面白さが損なわれてしまう。作者が謎解きの部分は重視していなかったのなら別に構わないが、構成から考えてもそんなことはないはず。本格ミステリを書くのだったら、もう少し緩急が欲しかった。展開的に難しいだろうが。
 ただ、よく知っているキャラクターたちが活躍する小説として読む分には非常に面白い。特に会話の掛け合いや連携を含めた行動の描写は、今まで描かれてきた4冊分の重みがある。もちろんシリーズキャラクターの面白さに頼っている部分は大きいが、そこをわかっていながら読んでいるのだから、私個人としては別に構わない。まあ、この本から読む人はいないだろうが。
 本格ミステリとしての面白さは今一つだが、シリーズ小説としては非常に面白かった一冊。今後のシリーズの展開も含め、作者の分岐点となる一冊になるだろう。個人的には、もっと本格ミステリの部分も頑張ってほしいところである。