平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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辻真先『馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ』(東京創元社)

 昭和三六年、中央放送協会(CHK)でプロデューサーとなった大杉日出夫の計らいで、ミュージカル仕立てのミステリドラマの脚本を手がけることになった駆け出しミステリ作家・風早勝利。四苦八苦しながら脚本を完成させ、ようやく迎えた本番。アクシデントを乗り切り、さあフィナーレという最中に主演女優が殺害された。現場は衆人環視化の生放送中のスタジオ。風早と那珂一兵が、不可能殺人の謎解きに挑む! 戦前の名古屋を描写した『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』、年末ミステリランキングを席巻した『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』に続く、〈昭和ミステリ〉シリーズ第三弾。ミステリ作家デビュー作『仮題・中学殺人事件』から五〇周年&卒寿記念出版。(粗筋紹介より引用)
 2022年5月、書下ろし刊行。

 

 シリーズ第三弾は、黎明期のテレビ局が舞台。某国営放送を模したCHKの生放送中の殺人事件という不可能殺人である。過去二作の探偵役である那珂一兵はもちろんのこと、『深夜の博覧会』の主要登場人物である降旗瑠璃子、『たかが殺人じゃないか』の主要登場人物である風早勝利や大杉日出夫らが登場する。
 元NHK局員である辻真先らしく、黎明期のテレビ放映の無茶ぶりが楽しく書かれているのだが、過去二作に比べると少々生々しい。まだ昭和36年には生まれてはいないが、歴史上ではない、リアルタイムに知っている人たちがこれでもかとばかりに出てくるし、聞いたことのあるようなエピソードも出てくる。それが事件に密接に絡み合うのならいいけれど、関係ないエピソードが多いので、読んでいてイライラすること間違いなし(苦笑)。さらに前二作の登場人物の“その後の物語”という趣きも強く、〇〇と〇〇が結ばれたのか、という部分での楽しめるのだが、前二作を読んだことが無い人や登場人物をあまり覚えていない人にとっては、退屈なエピソードだよなという感もある。
 それに、殺人事件が起きるのは、250ページを過ぎてから。不可能殺人のように見えるが、いざ解決の段になると面白いものではない。100ページちょっとであっという間に解決してしまうし。一応最後にドラマがあって、伏線が張られていたことはわかるのだが。
 よくよく考えてみると、この三部作はいずれも作者が通ってきた昔話がネタになっている。過去二作は知らないエピソードが多くて楽しめたが、本作は自分にとってはちょっと近かった時代が描かれているので、それほど楽しめなかったということだろう。もっと若い人からしたら、全く知らないエピソードばかりで、楽しめるのかもしれない。ただ、さすがに殺人事件が起きるのが遅すぎた。実在の歴史的事実と殺人のバランスも今回はあまりよくない。まあ、気になっていた登場人物たちのその後を楽しむ作品、と割り切った方がいいかもしれない。
 ちなみにタイトルのセリフは、冒頭とエンディングに出てくる。馬鹿みたいな話と言いながらも、結局は通り抜けてきた道である。呆気ないようで、実はいろいろと意味がありそうな言葉ではあるが、それは作者が読者に考えてみろという謎かけのような気もする。
 後でちょっと思ったのだが、通俗味が濃い『深夜の博覧会』、本格ミステリの技巧が楽しめる『たかが殺人じゃないか』、人間ドラマの要素が強い『馬鹿みたいな話!』ということで、探偵小説、推理小説、ミステリと合わせてきたのかな。考えすぎか。