平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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夕木春央『十戒』(講談社)

 浪人中の里英は、父と共に、伯父が所有していた枝内島を訪れた。島内にリゾート施設を開業するため集まった9人の関係者たち。島の視察を終えた翌朝、不動産会社の社員が殺され、そして、十の戒律が書かれた紙片が落ちていた。“この島にいる間、殺人犯が誰か知ろうとしてはならない。守られなかった場合、島内の爆弾の起爆装置が作動し、全員の命が失われる”。犯人が下す神罰を恐れながら、「十戒」に従う3日間が始まった――。(帯より引用)
 2023年8月、書下ろし刊行。

 『方舟』でミステリ界の話題を攫った夕木春央の新刊。前作同様、死が刻一刻と迫っている特殊状況化での殺人事件と謎解きという設定になっており、期待は膨らむばかりではあるが、逆に期待外れに終わる可能性もあるので、怖い部分もある。
 和歌山の白浜から沖合に5キロくらい。外周1キロもない無人島に資産家の伯父が建てた別荘がある。他に作業小屋と、5軒のバンガローも。伯父が交通事故で亡くなり、島をリゾート施設にしようと集まったのが観光開発、建設会社、不動産会社、伯父の友人に、父と里英。伯父もしばらく島を訪れていなかったが、別荘にはつい最近まで誰か住んでいた痕跡があり、作業小屋とバンガローには爆薬が置かれていた。その日はもう遅いので、翌日警察に通報することにしてその日は眠ったが、起きてみると殺人事件が起きていた。そして十の戒律が書かれた手紙が落ちていた。
 よくもまあ、こんな設定を考え付いたものだと思ってしまう。スマホの電波が届く状態で、孤島のサバイバルが描けるとは思わなかった。十戒を守らないと、爆弾の起爆装置が作動する。流れが速く、さらに11月と寒いので、海から逃げることはできない。生き残るためには、犯人の言うことをきかなければならない。そんな状況下でも殺人事件が発生する。登場人物がパニックになったらどうするのかなどツッコミたい部分はあるけれど、元々が想定外の状況下なのだから、多少強引でも仕方がない。
 ただ『方舟』と違うのは、『方舟』ほどの作者のゆとりを感じさせないところ。作品世界の中での強引さは仕方がないのだが、小説そのものもかなりの強引さを感じる。その分、『方舟』ほど作品を楽しむ余裕がなかった。
 それでも、最後にある一つの事実から殺人犯を特定する推理は圧巻。それから迎える衝撃的展開は、この作者ならではの真骨頂である。この終盤の畳み込みは、見事というしかない。
 『方舟』まではいかなかったが、佳作と呼ぶには十分だろうし、今年のランキングを騒がせる存在であることは間違いない。そして次作も期待したい。色々な意味で。