平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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麻耶雄嵩『メルカトル悪人狩り』(講談社ノベルス)

 悪徳銘探偵メルカトル鮎に持ち込まれた「命を狙われているかもしれない」という有名作家からの調査依頼。“殺人へのカウントダウン”を匂わせるように毎日届く謎のトランプが意味するものとは? 助手の作家、美袋三条との推理が冴えわたる「メルカトル・ナイト」をはじめ、不可解な殺人事件を独自の論理で切り崩す「メルカトル式捜査法」など、驚愕の結末が待ち受ける傑作短篇集!(粗筋紹介より引用)
 『メフィスト』他掲載。2021年9月、刊行。

 

 美袋三条が住むアパートの隣にある大家の庭で、隣の家に住む昭紀青年が大家である未亡人で妖艶な美人の八尾多美に頼まれ、二日前に死んだ飼い犬の琢磨を埋めていた。二階の窓から見ていた美袋だったが、そこへ現れた多美に、琢磨は先妻の息子である徹が財産を狙って多美を殺そうとしている、その前にまず飼い犬を殺したに違いないと言い張り、美袋からメルカトル鮎に“無料で”調べてほしいと依頼した。当然メルカトルは断ったが、日付が変わったころ、いきなりメルカトルが美袋の部屋に現れた。「愛護精神」。
 頼まれ仕事で石見にある古寺に来た美袋。その帰り際、手水舎にスマホを落として故障させ、さらに最終バスに間に合わず山の中を歩き回ることとなり、見つけたのは三階建ての洋館。そこは脳外科医で有名だった故大栗博士の邸宅で、美袋はメイドに頼んで泊めてもらうことになった。ちょうどその日は、博士が35年前に引き取った四人の孤児が命日に合わせて帰ってきていた。しかし、そのうちの一人が、女性用の露天風呂で殺された。「水曜日と金曜日が嫌い」。
 コロナ禍の名探偵の話。ショートショート「不要不急」。
 なぜ屋敷で殺人事件は起きるのか。ショートショート「名探偵の自筆調書」。
 小説の取材で鳥取に行った美袋だったが、駅でメルカトルと遭遇。ところが依頼人である中規模の貿易会社社長、若桜利一は台風で沖縄から帰ってこれず、代わりに来たのは秘書の郡家浩。しかし郡家は依頼内容を聞いていない。若狭宅に泊まることになった二人だが、住んでいるのは妻、二人の娘、息子、家政婦。その日は長女の婚約者も来ていた。ところが夕食後、秘書の郡家が殺害された。「囁くもの」。
 閨秀作家として有名な鵠沼美崎のところに、トランプのダイヤのKが送られてきた。次の日はダイヤのQ、その次の日はダイヤのJ。Aの次の日はハートのKが送られてきた。これはいったい何のカウントダウンなのか。ハートの4が来た時点で、美崎はメルカトルに、3日後のAが来るときに、滞在中のリゾートホテルで警護してほしいと依頼する。「メルカトル・ナイト」。
 かつて事件を解決したことがある人気俳優の辛皮康雄に誘われ、主宰している劇団「皿洗い」の上演に向けての合宿が行われる大江山の別荘「天女荘」に来たメルカトルと美袋。湖で双眼鏡を覗いたら天女を見つけた美袋。歩いていくと天女堂があり、中には天女像とトランクがあった。次の日、加入したばかりの若手女優から別荘にトランクが宅配で送られてきた。しかしそのトランクは、美袋とメルカトルが天女堂で見たものと同じだった。トランクの中には、砂を詰めた袋がいっぱい。そして、俳優の一人が自室で殺害されていた。「天女五衰」。
 メルカトルが過労で倒れて入院した。二日で退院したが、静養のため、誘われていた乗鞍高原の別荘に向かったメルカトルと美袋。持ち主である会社社長、神岡翔太郎の妹である美涼は5年前に白血病で23歳の若さで亡くなった。妻の和奏も美涼の学生時代の友人で、他に5人の美涼の友人たちが別荘へ遊びに来ており、さらに1人が明日来るとのことだった。メルカトルは調子が悪く、失態を繰り返す。次の日の夕方、友人の一人が殺害された。「メルカトル式捜査法」。

 

 『メルカトルかく語りき』以来10年ぶりのメルカトル作品集。久しぶりだなと思っていたら、『メルカトルかく語りき』どころか『鴉』も読んでいないや。本屋で目にしたから、わあ、懐かしいと思って購入した。
 メルカトルの行動・言動がすべてを見透かしているかのようでありながらも、本人はそれを否定。事件が起きる前によるメルカトルの行動が、最後の犯人追及のための推理の条件に含まれているのだから、何といえばいいのか。「メルカトル式捜査法」を読むと、それはもう無意識なのか、それともその行動そのものが犯人を招き入れているのか。そういう謎、というか不可解な現象までも含め、本格ミステリとして仕上がっているのは、麻耶雄嵩らしい。
 それにしても、相も変わらず銘探偵メルカトルが傲岸不遜。こんなのと友人付き合いしている美袋が本当に辛抱強いと思ってしまう。まあ、いいか、そんなことは。
 まあ、素直にメルカトルという存在自体を呑み込んで読む分には、楽しめる作品集。そうじゃない人には、呆れるだけだろうな……。読みにくい名前の登場人物ばかりだが、ちゃんと変換できるところには感心する(今頃言うか)。