平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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阿津川辰海『入れ子細工の夜』(光文社)

 古書の街にあらわれた探偵の、秘められた目的とは。本格ミステリで大学に入ろう! 禁断の「犯人当て入試」狂騒曲。秘密を暴露された作家。いや、捏造された作家? 嘘と真実が裏返り続ける二人劇。学生プロレスの覆面(マスクド)レスラーがコロナ禍にマスク着用で集まった。本人確認、不能……! 謎と論理に捧げられた、瑞々しくも偏執的な、四種の供物。(粗筋紹介より引用)
 『ジャーロ』掲載。2022年5月、刊行。

 殺害されたフリーの雑誌記者牧村の足取りを追い、古本屋を訪ねていく私立探偵若槻晴海。「危険な賭け~私立探偵・若槻晴海~」。古本と私立探偵というと若竹七海の葉村晶を思い浮かべてしまうが、阿津川らしいひねりは面白かった。
 K大学○○学部の小論文は、オリジナルの推理小説の犯人当てだった。「二〇二一年度入試という題の推理小説」。さすがに馬鹿馬鹿しかった。もうちょっとスマートにできなかっただろうか。
 小説家が書斎のドアを開くと、金庫の前に新人編集者が立っていた。作家のファンだという編集者に、作家は筋立てに矛盾がないかを確認するためにプロットを演じることを持ちかける。「入れ子細工の夜」。パート2の4コマ漫才「刑事」を思い出した。正直、途中からどうでもよくなった。
 全日本学生プロレス連合の第五十回総会はコロナ禍のため、覆面を被ったまま行われた。しかし、スターであるシェンロンマスク四十九世こと羽佐間は殺されていた。そして犯人はこの中にいる。「六人の激昂するマスクマン」。本格ミステリらしい作品に収まるかと思ったら、なぜ最後はギャグで落とすんだろう。

 阿津川辰海のノンシリーズ第二短編集。作者があとがきで書いているのは「ノンシリーズ作品集を目指して、いろんな形式でやってみること」「どんな形式であっても、心は本格ミステリーであること」「一作で完結させるつもりで、その舞台・キャラクターの魅力を最大限に引き出すこと」に加え、「全四編を通じて、私たちがいま生きている世界のありさまを封印しつつ、といって、堅苦しくはしないこと」とある。
 どの短編も本格ミステリであるが、最後にひねりが加わっている。「危険な賭け~私立探偵・若槻晴海~」まではよかったが、「二〇二一年度入試という題の推理小説」はひねりを入れたのがかえってわかりにくくなり、ただの蛇足となっている。「入れ子細工の夜」までいくと、どんでん返しの連鎖がなぜここまでやるんだというぐらいの状況で、無駄が多くて呆れるしかない。「六人の激昂するマスクマン」はギャグにしようとして、悪ふざけで終わってしまった。
 作者はこういうのが好きなんだろうけれど、そのこだわりが読みづらくわかりにくいものになってしまった。もう少し、ストレートな作品を書いてみたらどうなんだろう。第一短編集『透明人間は密室に潜む』に比べると、足元にも及ばない作品集である。