平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ジャック・フィニイ『ふりだしに戻る』上下(角川文庫)

 女ともだちの養父の自殺現場に残された一通の青い手紙。その謎の手紙は90年前、ニューヨークで投函されたものだった。
 ぼく、サイモン・モーリーはニューヨーク暮らしにすこしうんざりしはじめていた。そんなある昼下がり、政府の秘密プロジェクトの一員だと名のる男が、ぼくを訪ねてきた。プロジェクトの目論みは、選ばれた現代人を、「過去」のある時代に送りこむことであり、ぼくがその候補にあげられているというのだ。ぼくは青い手紙に秘められた謎を解きたくて「過去」に旅立つ。
 鬼才ジャック・フィニイが描く幻の名作。20年の歳月を超えて、ふたたび蘇る。(上巻粗筋紹介より引用)
 1882年真冬のニューヨーク。焼け焦げた、青い一通の手紙を追って、ぼくはここへやってきた。まだ自由の女神は建っておらず、五番街やブロードウェイは馬車でいっぱいだ。現代では想像もできないこの美しい街で、ぼくは青い手紙の投函主をつきとめた。謎は次々に氷解していった。しかし、失われたニューヨークで得た恋人とともに、大火災と凶悪犯罪のぬれぎぬを逃れ、「現代」に帰ってきたぼくを待っていたものは、悪意に充ちた歴史の罠だった――。
 「過去」への限りない愛惜と「現代」への拒絶をこめたファンタジィ・ロマンの大作。(下巻粗筋紹介より引用)
 1970年、発表。フィニイの六作目の長編。1973年7月、角川書店より邦訳単行本刊行。1991年10月、文庫化。

 

 個人的にフィニイはミステリ作家としての印象が強いのだが、どちらかと言えばSF作家としての方が世間的にはイメージが強いのかな。単に自分があまり読んでいないせいかもしれないが。
 広告会社のイラストレーターであるサイモン(サイ)・モーリーが、ルーベン(ルーブ)・ブライアント少佐に誘われ、ある政府の秘密プロジェクトに参加する。マンハッタンにある巨大倉庫の中にあったのは、過去の時代のセットが区画ごとに作られていた。そのプロジェクトというのは、セットの時代に同化し、自己暗示によって過去に行くというもの。サイはガールフレンドで骨董店主のキャサリン(ケイト)・マンキュソーから見せられた青い手紙の謎を知りたかった。ケイトの養父の父であったアンドリュー・カーモディが猟銃で自殺した時に残されていた青い封筒。誰がその封筒を投函したのか。そして自殺した謎は。サイは1882年のニューヨークへ行き、謎をつきとめるが、下宿先の娘、ジュリア・シャーボノーと恋に落ちる。そしてプロジェクトの正体に巻き込まれ、さらにニューヨークワールドビルの大火災に巻き込まれる。
 タイムトラベルものとして名前が挙がる作品だが、その方法が暗示によって時代を飛ぶという、タイムマシンすら出てこない方法というのは、凄いというべきなのか呆れるべきなのか。過去の描写があまりにも細々としていて、さらに当時の写真やイラストまで挟まれるというご丁寧ぶり。執筆時点のニューヨークを知っている人からしたら、時の流れを楽しめるのかもしれないが、私は執筆時点の現代のニューヨークもろくに解っていないので、丁寧すぎるぐらいの描写が退屈で仕方がなかった。まあ、ラジオすらない当時の下宿暮らしの部分は面白かったが。上巻は本当に退屈だったが、下巻からの展開は面白い。いくら魅力的だからといって、現代の恋人と簡単に別れ、過去の人物と恋するサイモンという人物にどういったらいいのかわからないが、プロジェクトが軍人たちのものになり、巻き込まれていくサイモンはちょっと悲しいと思いつつ、自分の思いに忠実に動くところは感心した。それとミステリ的な仕掛けもちょっとだけあったことは嬉しかった。ちなみに大火事は、実際にあった事件とのこと。アンドリュー・カーモディはもちろん実在しない人物だが。
 作者のノスタルジックな想いが全編に溢れている作品。しかし現代を拒絶するその想いは、私にはちょっと届かなかったかな。タイトルは本当にうまいと感じたが。