姉夫婦の家で開かれたパーティの夜、ジェス・ロンドンは腕利きの弁護士で事務所の上司でもあった義兄が、卑劣な陰謀家だったことを知り、怒りに駆られて彼を殺してしまう。翌朝、姉から嫌疑をそらすためジェスは衝動的に自白するが、警察では初め、感傷的な犠牲的行為として取り合おうとしなかった。しかし、強力な状況証拠と目撃証人の出現に情勢は一変し、当局もついにジェス逮捕へと踏み切った。窮地に立たされたジェスは法廷では一転して罪状を否認、被告自ら弁護に立つという、起死回生の奇手に打って出る。四面楚歌の中、ジェスは持てる限りの法廷戦術を駆使して無罪を勝ち取ろうとするが、はたして評決の行方は……? ガードナー最強のライヴァルともいうべき実力派が放つ、検察側と弁護側が虚々実々の火花を散らす異色の法廷ミステリ。(粗筋紹介より刊行)
1950年、アメリカで発表。2001年、邦訳刊行。
作者のコーネリアス・ウォーレン・グラフトンは1909年、宣教師を両親として中国で生まれた。アメリカに渡ってからは、ジャーナリズムと法律で学位を取得し、結婚して子供をもうけた。ケンタッキー州ルイヴィルで弁護士を開業。1943年、『ねずみは網をかじりだし』でメアリー・ロバーツ・ラインハート賞を受賞し、デビュー。この作品と翌年に発表された『網は肉屋を締めはじめ』では太っていてタフな、頭の回転の速い青年弁護士ギルモア・ヘンリーが主人公。ミステリは本書を含めて三冊のみ。他に普通小説1冊を出版している。1982年、死亡。娘の一人は、キンジー・ミルホーンシリーズで有名なスー・グラフトン。
本書の原題"Beyond a Raesonable Doubt"は法律用語で、「合理的に疑いの余地なし」という意味である。陪審員は評決に当たり、合理的疑いの余地なしに有罪を確信しなければ、有罪を評決を下し得ない、とある。日本の裁判用語で言うと、疑わしきは罰せずである。
解説の小林晋も書いているが、本叢書の中では異色作である。そもそも本格ミステリではない。犯人が最初から明らかだが、犯行が徐々に暴かれる倒叙ものでもない。法廷での丁々発止のやり取りはあるが、論理的な推理の応酬があるわけでもない。ひとことで言うと、法廷物である。
作品の主眼は、ジェス・ロンドンがどうやって有罪判決から逃れることができるか、それに尽きる。400ページを超える作品だが、この主題だけで乗り切ってしまう筆力は大したもの。とはいえ、ジェスは犯行に手を染めているので、読者からしても共感しにくい。
なんとも感想が難しいのだが、面白いことは確か。ただ、この思い、どこへ持っていけばいいんだろうという苦々しさは残る。よりによって、ここで終わらせますかと、作者には言いたい。いや、小説的にはベストなのだろうが。