平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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早瀬乱『レテの支流』(角川ホラー文庫)

レテの支流 (角川ホラー文庫)

レテの支流 (角川ホラー文庫)

その水を飲むと過去を忘れてしまう忘却の川・レテ。怜治はS大医学部で脳を研究している友人山村が記憶を消去する装置を開発中だと知り、自分の記憶を消す決意をする。それは一世を風靡したバンド「レテ」のボーカルとして活躍した栄光の二年間の記憶だった。だが、過去と決別した怜治に連鎖するように、次々と奇妙な出来事が起きる! 前代未聞のアイデアと圧倒的なストーリーテリングで読者を魅了する驚愕の記憶ホラー。第十一回日本ホラー小説大賞長編賞佳作。(粗筋紹介より引用)

2004年、第11回日本ホラー小説大賞長編賞佳作。



作者は2005年に『通過人の31』が第51回江戸川乱歩賞最終候補となり、翌年に『三年坂 火の夢』で第52回江戸川乱歩賞を受賞している。この受賞作は題材こそ面白かったが、物語の面白さが今一つだった。本作品もそうなのかなと思っていたが、逆に物語の方が途中まで面白かったが、設定に説得力が欠けている気がした。

記憶を無くす装置という設定自体は割に見られるし、無くしたい記憶というのは誰にでもあるのでそのこと自体は目新しい設定というわけではない。ただ、記憶を無くした主人公が高校時代に自殺したはずの人物を見掛け、そこから過去を探るうちに高校時代の同級生たちが次々と変死を遂げ、そして話がトンデモな世界(ここでは褒め言葉)に進んでいくのは逆に凄い。死者の復活や多重世界を、記憶の消去という脳生理学方面からのアプローチで絡めていくというのは、確かに斬新なアイデアかも知れない(SF方面はよく知らないので推測だけど)。ただ正直なところを言うと、いくらでも突っ込みが可能と思われるような「理論」になっているのが残念。例えば、一人の人間の生を正とするために多数の命を奪うというのなら、復活する一人の人間の生を奪った方が社会に対する影響がよっぽど小さいと思うし、バグの修正もごくわずかだと思うのだが。それに葬式で本人だけどうやって生き残らせようとしたのだろう。そもそもこの理論にどうやって最初に辿り着いたのかがわからないのは片手落ちじゃないか。

選評を読んでいないのでわからないが、佳作に終わったのは結局大風呂敷のたたみ方が穴だらけだったところにあるのだろうと思う。ホラーと言うよりはSFに近いので、むしろそちらを意識して最後まで持っていた方が、もっと自由に結末を付けることができたのではないだろうか。あっ、自殺した同級生の父親から来る陰湿な手紙は、十分ホラーだったし、ろくに関係も無いのにあんな手紙が来たら一通だけでもおかしくなりそうだ。