平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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伏尾美紀『北緯43度のコールドケース』(講談社)

 博士号取得後、とある事件をきっかけに大学を辞めて30歳で北海道警察に入り、今はベテラン刑事の瀧本について現場経験を積んでいる沢村依理子。ある日、5年前に未解決となっていた誘拐事件の被害者、島崎陽菜の遺体が発見される。犯人と思われた男はすでに死亡。まさか共犯者が? 捜査本部が設置されるも、再び未解決のまま解散。しばらくのち、その誘拐事件の捜査資料が漏洩し、なんと沢村は漏洩犯としての疑いをかけられることに。果たして沢村の運命は、そして一連の事件の真相とは。(帯より引用)
 2021年、第67回江戸川乱歩賞受賞作。応募時タイトル「センバーファイ―常に忠誠を―」。加筆修正のうえ、2021年10月、単行本刊行。

 

 作者は北海道生まれ、在住で産業翻訳家。長編ミステリの執筆、応募は初めてとのこと。応募時タイトルの"センバーファイ"とはラテン語の"Semper fidelis"の通常口語体、"Semper Fi!"であり、「常に忠誠を」を意味する。アメリ海兵隊の公式標語となっている。コールドケースは未解決事件、迷宮事件のこと。
 選評を読むと、大体同じようなことを言っている。
「特に序盤、書き方がちょっと読者に不親切すぎて首を傾げたくなった」「小説としてこなれていないところも多い」(綾辻行人
「読後感が「うわあ」。これ、作者が詰め込みすぎているからだ」(新井素子
「惜しむらくは小説としての体裁が整えられていない」「構造的にブレがあるため、主役が誰なのか明確になるのも中盤以降である」(京極夏彦
「"候補作中最も興味深い謎を提示していながら、同時に最も読みにくい作品でもありました。それは小説としての拙さに由来するものです」「警察小説としての部分に新鮮味はなく、本筋や時系列をいたずらに分かりにくくしてあるだけで、全部不要であると思いました」(月村了衛
「候補作中、一番小説が下手でした」(貫井徳郎
 ほとんど仰る通りで、だいぶ加筆修正しているようだが、まだ読みにくい。前半部分ももう少し主人公の沢村依理子をピックアップした書き方にすべきで、修正しきれていなかったようだ。時系列的にも読みづらいし、この方面に関しては小説技術の向上に期待するしかない。
 「詰め込みすぎ」というのもその通り。メインの誘拐と死体遺棄事件や容疑をかけられた捜査資料漏洩だけでなく、少女売春グループとグループ内のリンチ殺人事件、沢村の大学院時代の恋人自殺とオーバードクター問題、沢村の転職や沢村の妹の家庭内問題、さらに沢村の父親の認知症。何もこんなに詰め込まなくても、というぐらいに内容が多い。最低でも少女売春の一件を削れば、メインの事件にもう少し深みを持たせる描写ができたと思う。特にクライマックスの、沢村が犯人を追い詰めるシーン。犯人の心理描写を表に出し切れていないため、告白が唐突である。
 一方、ミステリとしての謎の部分については皆選評で誉めているのだが、これまたご指摘通り。特に小説のメインとなる誘拐事件の真相は面白い。主人公の沢村だけでなく、他の登場人物の描写も悪くない。どの人物もいろいろと悩みや問題を抱えており、そちらについては過不足なく書かれているし、ストーリーに絡み合わせた処理の仕方は巧みだった。警察組織の闇の部分も描写がうまい。なんてったって、問題だらけの道警だし。
 沢村という主人公、ドラマやシリーズものにしやすい造形だとは思った。38歳、独身。東京の大学院で、警察とは何の関係もない経営組織学で博士号取得。30歳で警察官になり、今は生活安全課防犯係長。恋人が自殺した過去から恋愛には臆病。今でも経済学の本を枕元に置き、クラシックを聴く。おそらく続編も、この人が主人公だろうな。
 期待値込みの受賞ではあるが、次作への引きになるような人間関係もあるし、悪くはない作品ではあった。そう、「悪くはない」という言葉がぴったりくるんだよな。確かにこれは、受賞させないのは勿体ない。だけど「いい作品」だったとは言えなかった。次作以降も書き続け、もうちょっと整理整頓できるようになれば、テレビ朝日の人気刑事ドラマシリーズぐらいにはなれそう。