平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ウィリアム・ケント・クルーガー『ありふれた祈り』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 1961年、ミネソタ州の田舎町。13歳のフランクは、牧師の父と芸術家肌の母、音楽の才能がある姉や聡明な弟とともに暮らしていた。ある夏の日、思いがけない悲劇が家族を襲い穏やかだった日々は一転する。悲しみに打ちひしがれるフランクは、平凡な日常の裏に秘められていた事実を知ることになり………エドガー賞をはじめ4大ミステリ賞の最優秀長篇賞を独占し、「ミステリが読みたい! 」で第1位に輝いた傑作。(粗筋紹介より引用)
 2013年、アメリカで発表。2014年、エドガー賞長編賞、アンソニー賞長編賞、マカヴィティ賞長編賞、バリー賞長編賞を受賞。2014年12月、ハヤカワ・ポケット・ミステリより邦訳刊行。2016年11月、文庫化。

 ミネソタ州北部の森林地帯を舞台とするコーク・オコナー元保安官シリーズで知られているウィリアム・ケント・クルーガーによる、ノンシリーズ作品。
 家族や周囲の人たちを紹介し、平凡だがそれなりに平和のように見える社会に潜む黒い影が徐々に表に出始め、事件が起きるというのは、アメリカのミステリらしい展開。日本の作品が前半をこれだけじっくり丁寧に書いていたら、「事件が起きるのが遅すぎる」という批評の嵐になりそうだ。いや、自分もそう書いているかもしれない。本作品の前半部が退屈しないのは、この地に足着いた描きっぷりにあることも事実だが、この原風景が当時の古き良きアメリカの田舎町を思い起こさせるというのが大きな要因かも知れない。
 悲劇の事件を通して描く、少年が大人になる成長物語。殺人事件があり、犯人の捜査はあるものの、どちらかと言えば純文学に近いかもしれない。これだけストーリーがゆっくり進みながらも、次の展開はどうなるのだろうと気を持たせつつ、登場人物たちの過去に思いを馳せ、彼らの様々な思いを考えてしまうのは、作者の筆の素晴らしさだろう。
 それとエンディングが見事。この余韻の素晴らしさが、作品への思いを高める結果となっている。
 これが日本で書かれると退屈がられるだろうなあ、なんて思ってしまった。傑作です。素晴らしかった。