平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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遠藤武文『プリズン・トリック』(講談社)

プリズン・トリック

プリズン・トリック

道路交通法違反で懲役刑を受けた者たちが収容される交通刑務所、市原刑務所の西解放寮で殺人事件が起きた。濃硫酸で顔と手を焼かれた遺体のパジャマには、無免許運転で懲役9月の判決を受けて5ヶ月前から収容されていた石塚満の名前が。そして酒気帯びでの交通死亡事故で収容されていた宮崎春雄が消えていた。残されていた模造紙には「石塚死すべし 宮崎」と書かれていた。刑務所の中とはいえ、単純な殺人事件と思われた。しかし警察の捜査で驚くべき事が次々と。

2009年、第55回江戸川乱歩賞受賞作。投稿時タイトル『三十九条の過失』を改題、加筆。



江戸川乱歩賞は全て読む。ということで、評判があまりよくないにもかかわらず読んだけれど、これは何とも形容しがたい作品。下手な粗筋は書かない方がいいかな、話が二転三転するから。交通事故の被害者、加害者を取扱い、交通刑務所の描写もそれなりに書かれている。他にも報道被害など複数の社会問題を取り込んでいる。そういう意味では社会派という言葉に間違いはない。それでいて、確かに密室殺人などのトリックも使われている。選評で恩田陸天童荒太東野圭吾が声をそろえた「志の高さ」って、そういう風に様々な要素を盛り込み、ハードルを高く設定して挑んだところなんだろうか。別に「志の高さ」を評価するのはいいけれど、そのハードルに出来が全く届かない作品を選ぶのはどうかと思う。

帯には東野圭吾による「乱歩賞史上最高のトリックだ」との惹句が書かれているが、選評ではそのようなことは一言も書かれていない。授賞式でそのようなことでも(サービスで)言ったのか、編集部による独断か。「あなたは絶対に鉄壁のトリックを見破れない」とか書いているけれど、密室トリックそのものについては、うーん、どうだろう。見破れないかもしれないけれど、それは穴が大きすぎるから誰もこんな推理をしない、というのが本当のところじゃないかな。僥倖に頼りすぎだよ、あのトリックは。強引すぎるし。

それでもあのトリックだけならまだ許せたかもしれないが、問題は他にあり。とにかく登場人物が多すぎ、視点の切り替えが多すぎ、話の核がぶれすぎ。いったい誰が主人公? この事件の真相って結局何だったの? この登場人物は結局なぜ殺されたの? この人物は最後どうなるの? 刑務所で殺す理由ってあったの? うーん、一応書いているんだろうが、説明不足なところ多し。他にも色々あったような気がするが、何でもかんでも詰め込んで結局消化不良を起こしている。登場人物は、半分に減らすことができたんじゃないかな。

文章も読みづらいし、人物描写もさっぱりで描き分けができていない。今どの場面なのかもわかりにくい。もっとも題材だけ、というわけじゃなくプロットは悪くないから、あとは小説を書く力が延びれば結構化けるかも。

どうでもいいが選考委員の大沢在昌よ。「近年の乱歩賞では珍しい、本格推理の力作」なんて書いてしまうと、3年前の『東京ダモイ』が可哀想だろ。