平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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真門浩平『ぼくらは回収しない』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 数十年に一度の日食が起きた日、名門大学の学生寮で女子学生が亡くなった。密室状態の現場から自殺と考えられたが、小説家としても活躍し、才気溢れた彼女が死を選ぶだろうか?
 三年間をともに過ごしながら、孤高の存在だった彼女と理解し合えないまま二度と会えなくなったことに思い至った寮生たちは、独自に事件を調べ始める――――。第十九回ミステリーズ!新人賞受賞作「ルナティック・レトリーバー」を含む五編を収録。大胆なトリックと繊細な心理描写で注目を集め、新人賞二冠を達成した新鋭による、鮮烈な独立作品集。(粗筋紹介より引用)
 2022年、「ルナティック・レトリーバー」で第十九回ミステリーズ!新人賞受賞。表題作に書下ろし四編を加え、2024年3月刊行。

 クラスメイトの藤原の姉が、ニュース番組の街頭インタビューの受け答えで炎上していた。相談を受けた桐人は、そのインタビューのニュースを見て違和感を抱く。「街頭インタビュー」。
 零細事務所に所属する結成五年目の同級生コンビ「井の中のカワズ」は、若手の登竜門大会で優勝。しかしテレビのバラエティ番組ではうまくいかず、いら立っていた。そんな時、世話になっている芸歴12年目の升岡秀樹がピン芸人の大会で優勝。事務所の売れっ子先輩芸人ピッグ杉下のマンションで祝勝会が開かれた。しかし升岡がベランダから転落死した。「カエル殺し」。
 亡くなった祖父の家の掃除と家財確認のため、父や妹とともに13年ぶりに祖父の家に来た浪人生の薬師丸啓。祖父の書斎を片付けている途中で、13年前時点で満杯だった本棚が今も満杯であることに気付く。祖父が本を手放すことはあり得ない。では、13年前から買い続けていたはずの本はどこへ行ったのか。「追想の家」。
 サッカー部一年生の一ノ瀬仁は、先輩が来る前に練習の準備を済ますべく、授業終了後すぐにクラスメイトの遠藤と部室へ向かった。四桁の暗証番号を打ち込んでキーボックスから鍵を取って扉を開けると、部室は荒らされていて一部備品が盗まれ、開いていた奥の小窓のガラスには穴が開いていた。暗証番号を知っているのは一年生だけ。するとガラスを割ってまで備品を盗んだのは上級生なのか。仁は、かつて濡れ衣を着せられたところを助けてくれたクラスメイトの速水士郎に助けを求める。「速水士郎を追いかけて」。
 数十年に一度の部分日食の日、名門大学の男女学生寮の物置で、人気小説家でもある吉田陽香が死んでいた。二つの扉は粘着テープで内側から目張りがしてあった。斜めの高天井の窓は鍵が開いていたものの、大通りに面していて誰にも見られずに抜け出すことは難しい。そのため練炭自殺と思われたが、動機がない。同じ寮に住む第一発見者の圭介たちは事件を調べ始める。「ルナティック・レトリーバー」。

 光文社の新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」の第三期に入選して『バイバイ、サンタクロース~麻坂家の双子探偵~』で単行本デビューした真門浩平であるが、ミステリーズ!新人賞受賞の方が受賞は早い。前作がかなり責めた内容の連作短編集であったが、本作は独立した5編を収めたオーソドックスな短編集である。
 いずれの作品にも謎解きはあるが、むしろ作者が主眼としているのは、事件と謎解きによってもたらされる登場人物の心の動きである。だから「街頭インタビュー」における謎解きのその後の方が重いドラマになっているのはうまいと思ったし、「カエル殺し」における犯人の慟哭は非常にインパクトのあるものとなっている。ただ、「追想の家」「速水士郎を追いかけて」はそのドラマ部分に弱さを感じた。日常の謎ということもあってなのか、心の揺れ幅が小さい。特に「追想の家」にいたっては謎というほどのものでもないので、家族のちょっとしたすれ違い程度で終わっているのが物足りない。
 受賞作でもある「ルナティック・レトリーバー」は応募先を考えたかトリッキーな内容にはなっており、逆にその後の人間ドラマがた作品に比べ物足りなく感じた。この動機に説得力を持たせるほどの背景を描き切れていない。
 個人的なベストは「カエル殺し」。消去法による犯人捜しには新味がないが、この動機はなかなか面白い。短い枚数の中で、登場人物の背景もうまく説明されている。
 前作とは全く違うテイストの短編集。本短編集はちょっと地味に感じたが、短期間でこのような使い分けができるというのはとても楽しみである。それと、本作品集のタイトルの意味がどうしても解らなかった。