平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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北村薫『太宰治の辞書』(創元推理文庫)

太宰治の辞書 (創元推理文庫)

太宰治の辞書 (創元推理文庫)

  • 作者:北村 薫
  • 発売日: 2017/10/12
  • メディア: 文庫
 

 誰よりも本を愛する《私》の目は、その中に犯罪よりも深い謎をみつけてしまう。そして、静かな探偵になる。芥川龍之介はなぜ小説の結末を書き換えたのか。三島由紀夫はなぜ座談会で間違ったことを云ったのか。太宰治はなぜ他人の詩句「生れてすみません」を無断で自作のエピグラフに使ったのか。《私》はそれらの謎を解くために、もうこの世にいない作家たちの心の扉を開けてゆく。だが本物の表現者の心ほど怖ろしく、また魅力的なものはない。上記の三人の作家は全員、自ら命を絶っている。いわば被害者であり犯人なのだ。探偵が一つ一つの謎を解いた後に残る永遠の謎。その暗黒の輝きに震えながらも、《私》は天才作家に大切な言葉を奪われた無名詩人の魂の墓碑を建てようとする。穂村弘(粗筋紹介より引用)
 『小説新潮』に掲載の二作品に描きおろしを加え、2015年3月、新潮社より単行本刊行。エッセイ2本と短編を収録し、2017年10月、創元推理文庫化。

 

 「花火」「女生徒」「太宰治の辞書」に加え、『鮎川哲也と十三の謎'90』に掲載された短編「白い朝」と、エッセイ「一年後の『太宰治の辞書』」「二つの『現代日本小説体系』を収録。「円紫さんと私シリーズ」は『朝霧』で終わりかと思っていたが、まさかの新作。主人公の「私」はすでに結婚していた、中学生の息子がいる。そして今も出版社に勤めている。
 本の謎、作家の謎は確かにミステリなのだろう。ただ、本格ミステリのようにたった一つの解があるわけではない。それでも謎を解き明かすことに、人は魅力を感じてしまうのだろう。すでに「日常の謎」ですらなく、ミステリの範疇に入るのかさえ疑問だが、久しぶりにシリーズが読めたことに満足して終わる作品群である。