- 作者: 戸川安宣,空犬太郎
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2016/11/17
- メディア: 単行本
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海外ミステリは名作から読み始めたため、やはり最初に手に取ったのはラインナップがそろっている創元推理文庫だった。ハヤカワ・ミステリ文庫は新作、というイメージがあったし、その頃は古典がほとんどなかった。ポケットミステリは、残念ながら近くの書店にはほとんどなかった。
そんな読者からしたら、戸川安宣はやはり伝説の名編集者。特に「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」シリーズの詳細すぎる解説は、読んでいるものをわくわくさせたものである。当時の書誌も含め、一体どうやってこれだけのことを調べたのだろうと不思議に思ったものだし、ミステリの編集者ともなるとやはりこれだけの知識が必要だと思ったものだ。
その後、忘れられないのは「日本探偵小説全集」の企画。当時、なかなか手に入らない日本の古典を読もうと、必死に「日本推理小説大系」(東都書房)を古本屋で探していたのが懐かしい(周りの人に聞くと、だいたいがそうだったようだ)。日本探偵小説全集はだいぶお世話になったが、第11巻が長く出版されなかったことには、今でも悔しい思いがある。それにしても本書で初めて知ったが、当時のカバーで売っていたものがあったとは。教えてほしかった。無念。
他にも「鮎川哲也と十三の謎」などの叢書、鮎川哲也賞など、ミステリファンにとっては忘れられない企画があった。
本書は戸川安宣の一代記であるが、やはりこれだけの編集者となるためには、ミステリへの深い愛情と経験が必要だということがよくわかる一冊だった。「読む」のところで語られる作品のラインナップを見るだけでも楽しいし、当時の横のつながりは羨ましい限り。「編む」で語られる東京創元社の歴史は、そのまま日本の翻訳ミステリの歴史といっても過言ではない。そういえば創元ノヴェルズとか、ゲームブックとかあったよなあ、なんて思い出してしまうのは、年寄りの証拠か。創元が国産ミステリを出版したのにも驚いたが、当時の講談社ノベルスと同じく新本格の歴史を作ってきたし、数多くの作家を生み出したのも特筆すべき事柄。まあ、なかなか出版できずに別の出版社に移った人も多かったのは残念だが。書いたままになっている原稿が金庫に数多く眠っていた事実は、流石に書けなかったか(苦笑)。
ミステリ専門書店「TRICK+TRAP」については、残念ながら当時は東京にいなかったので、わからない。ミステリ専門書店なんて売れないことが分かっているのに、よく手伝ったものだ。
戸川安宣さんとは、二、三回お話しした記憶がある。確か名張だったと思うが、『ラッフルズの事件簿』がなぜ出せないかとか、いろいろ聞いたなあ。素人のぶしつけな質問にも丁寧に答えてくれたのが印象深い。
ミステリファンなら必読。ミステリをより深く知ることができ、ミステリへの愛情がより深まる一冊だ。私みたいな年寄りには、当時を思い出させてくれる一冊だし、今の若いファンにはミステリの歴史の一端を知ると同時に、ミステリへの情熱がどのようなものかを知ることになるだろう。
ただ、今年の本格ミステリ大賞にノミネートされそうな気がする。資格は十分あるだろうと思うとともに、そういう次元とは無縁の位置にあってほしいと思うのは勝手な話だろうか。