平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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深緑野分『戦場のコックたち』(創元推理文庫)

戦場のコックたち (創元推理文庫)

戦場のコックたち (創元推理文庫)

  • 作者:深緑 野分
  • 発売日: 2019/08/09
  • メディア: 文庫
 

  1944年6月、ノルマンディー降下作戦が僕らの初陣だった。特技兵でも銃は持つが、主な武器はナイフとフライパンだ。新兵ティムは、冷静沈着なリーダーのエドら同年代の兵士たちとともに過酷なヨーロッパ戦線を戦い抜く中、たびたび戦場や基地で奇妙な事件に遭遇する。忽然と消え失せた600箱の粉末卵の謎、オランダの民家で起きた夫婦怪死事件、塹壕戦の最中に聞こえる謎の怪音――常に死と隣りあわせの状況で、若き兵士たちは気晴らしのため謎解きに興じるが。戦場の「日常の謎」を連作形式で描き、読書人の絶賛を浴びた著者初の長編ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2015年8月、東京創元社より書き下ろし単行本刊行。第154回直木賞候補作。2019年8月、文庫化。

 

 処女作『ベルリンは晴れているか』は読んでいないので、これが深野作品で初めて読むことになる。
 粗筋紹介や目次を見ると、第二次世界大戦下を舞台にした「日常の謎」もので、時代背景こそ特殊だが、それをちょっと利用した程度の作品かと思っていたら、とんでもない誤解だった。
 主人公は合衆国陸軍でコックをしている19歳のティム。ティムが遭遇する謎を解き明かす作品だが、第一章は降下作戦後に不要になったパラシュートを集める理由、第二章は消えた粉末卵の謎と一応「日常の謎」なのだが、第三章は互いに銃を打ち合ったかのように見える夫婦の怪死事件を取り扱っている。しかし「死」は戦場では当たり前だから、もしかしたらこれも「日常」なのかもしれない。第四章は冬のベルギー戦線における謎の音。そして第五章。やはり死と隣りあわせの状況は、非日常が日常なのだろう。
それにしても、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線を舞台にし、謎解きに見せつつ、実際は戦争の表裏を描くというその構想は素晴らしい。19歳の少年も、戦場で変わっていく。友人たちも一人一人、戦場に散っていく。それでも「日常」を取り戻すため、「非日常」を生き延びていく。
やはり戦争って残酷だよね、と思いつつ、軍隊がなければ愛しき人たちの「日常」を守ることができない矛盾。コックは「生」を維持するための職業である。戦場という詩が生み出される日常に、これもまた矛盾の一つか。
 何とも言えない寂しさと悲しさ、そして平和の愛しさを奏でるようなエピローグが秀逸。傑作である。