平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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横山秀夫『ノースライト』(新潮社)

ノースライト

ノースライト

 

 

 一級建築士の青瀬は、信濃追分へ車を走らせていた。望まれて設計した新築の家。施主の一家も、新しい自宅を前に、あんなに喜んでいたのに……。Y邸は無人だった。そこに越してきたはずの家族の姿はなく、電話機以外に家具もない。ただ一つ、浅間山を望むように置かれた「タウトの椅子」を除けば……。このY邸でいったい何が起きたのか?(帯より引用)
 『旅』2004年5月号~6月号、11月号~2005年12月号、2006年2月号連載。全面改稿の上、2019年2月刊行。

 

 2012年刊行の『64』以来6年ぶりとなる刊行。主人公は一級建築士の青瀬稔。バブル期に結婚し、娘を儲けるものの、バブルが弾け、仕事がなくなりやがて離婚。3年前に小さい設計事務所を営む大学同期の岡嶋昭彦に拾われた。昨年、指名を受けて信濃追分に設計した木の家は、建築の常識を打ち破る北向きの家であり、北側からの採光、ノースライトが主役であった。施主からは喜ばれ、大手出版社から出た『平成すまい二〇〇選』にも選ばれた。ところがその家には誰も住んでいなかった。伝説的な建築家ブルーノ・タウトの椅子だけが残されて。
 一方、岡嶋は三年前に亡くなったパリ在住の画家、藤宮春子の記念館、「藤宮春子メモワール」の受注に力を入れていた。藤宮春子は作品を発表しなかったためほとんど知られていなかったが、死後に発見された油絵がフランス画壇の重鎮に絶賛され、注目を浴びていた。出身地であるS市の市長がメモワールの建設構想をぶち上げていたが、遺族との交渉がうまくいっていなかったとの噂が流れていた。大手建設事務所が有力視されていたが、岡嶋はコンペの指名業者に選ばれるべく、走り回っていた。
 警察小説の多い横山だが、本作では事件らしい事件がない。自らが設計した家の施主の正体を知るため、青瀬が奔走する姿がほとんどである。一方、岡嶋の方はきな臭い展開があるものの、本当のことをいえばここまで切羽詰まるほどの内容ではないだろうと思えてしまう。まあそこは新聞記者出身の作者のことだから、似たようなことがあったのかもしれないのだが。
 本作品で作者が訴えたかったのは、家族の絆だろうか。青瀬や岡嶋だけでなく、設計事務所の面々にも家族がある。事件にも密接にかかわるところだ。ナチスによる迫害を受け、ドイツに変えることのできなかったタウトも同様だろう。そこには必要とされていた「家」が浮かんでくる。家を設計する建築家が、望む「家」を作ることができず、そして再び探し始める姿はとても印象的だ。
 ただ、ちょっと文章がくどい気もする。特にタウトとかかわるところとか過去の部分とか、もう少しわかりやすくすっきりと書いてもよかったのではないだろうか。書きたいことが我慢できなくなって書いた印象を受けた。
 新作を待っただけの甲斐はあった、と言える力作である。ただ、ちょっと胃もたれしそう。それにこれは、おじさん向けの作品だな。若い人には理解できない感情の部分があるかもしれない。
 どうでもいいけれど、青瀬の父親はダム現場の型枠職人で、「転居は二十八回を数え、青瀬は小中学校九年間で七回も転校した」とのこと。9年間で7回転校ということは、1現場1年半足らず? 挙がっているダムのコンクリートの打設量を考えると、短い気がするな……。ダムの実名を挙げなくてもよかったのに、と思ってしまう。検証できていないけれど、施工時期、被っているみたいだし(違っていたらごめん)。