平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

北重人『夜明けの橋』(新潮文庫)

夜明けの橋 (新潮文庫)

夜明けの橋 (新潮文庫)

 

  首都建設の槌音が響く江戸の町。名の聞こえた武辺の人でありながら、訳あって脱藩した父を持つ宗五郎は父の死後、町人となり刀の目利きで生計を立てていた。ある日、父の旧知へ刀を届ける道中、行く手を不穏な侍たちに囲まれる(「日照雨」)。日本橋建設に紛れ込んだ少年吉之助が、蠢く時代の中で見たものとは(「日本橋」)。移り変わる世にあって、運命に挑む群像を捉えた連作短編集。(粗筋紹介より引用)
 「日照雨」「梅花の下で」「与力」「伊勢町三浦屋」「日本橋」の5編を収録。『小説新潮』2008年8月号~2009年8月号に断続的に掲載。2009年12月、新潮社より単行本刊行。2012年5月、新潮文庫化。


 かつて阿波蜂須賀家に仕え、浪人となった父と同様に刀の目利きをし、刀屋の伏見屋に婿入りして町人となった宗五郎。雨の中、刀を届けている途中で荷車をよけたとき、旗本奴の縹組の天野蔵人にぶつかってしまい、因縁を付けられる。「日照雨」。
 小田原北条氏が滅んだ後、江戸で炭屋となった澤井屋世右衛門。武士時代の仲間である菅九兵衛が訪れるも、髷は乱れ袴に血がついている不審な様子。戦国時代の昔話をしていると、さらに当時大道寺家で一緒に仕えていた當麻平三郎が訪れた。「梅花の下で」。
 元は武士で今は吉原の用心棒を務める大道寺三五郎は、火付盗賊改役の木次藤兵衛に頼まれ、最近世間を騒がしている火盗を捕まえる手助けしてほしいと依頼される。今回の件が首尾よくいけば、与力に推挙したいとのこと。武士の家の出で、元遊女の妻、おあんはいい話だと喜ぶ。「与力」。
 元は北条氏に仕えた武士であった三浦屋五郎左衛門は、北条氏滅亡後百姓になるも、重い年貢に耐えかね、江戸で商人となった。塩物を取り扱い、今では繁盛している。毎日のように変わっていく江戸の町を、五郎左衛門は筆で書き留めていく。『慶長見聞集』を遺した三浦浄心を扱った「伊勢町三浦屋」。
 十三の吉之助は、父が乱で討たれた後独りで江戸に流れ着いた。日本橋普請の現場にたどり着き、飯を食べさせてもらいそのまま働くこととなった。橋奉行の大工頭である用賀兵蔵に見込まれ、家来である犬養喜惣次に吉之助は使えることとなった。「日本橋」。


 いずれも開府間もない江戸の話を書いた連作短編集。作者の構想によると七編で完結する予定だったが、作者が急逝してしまった。江戸という町が急激に発展していく姿を描いた短編だが、それとは別にかつては武士だった者たちのその後の姿を描いた作品集でもある。戦国の時代が終わり、新しい時代を築こうというエネルギーが溢れる作品が多いが、武士を辞めた者たちの悲哀を描いた作品もある。そのどちらもが、江戸という町に包括されていたのだろう。新しい時代へ進むものと、残されるもの。その味わいが作品世界を彩っている。
 一番好きなのは、「日本橋」。建築家であった作者の知識が十分に生かされた一品だろう。橋づくりを描いた作品がほかにあるのかは知らないが、珍しいことは間違いないだろうから、長編でも読んでみたかった。
 どの作品も味わい深い。もっと作者の作品を読んでみたかった。