平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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朱川湊人『白い部屋で月の歌を』(角川ホラー文庫)

白い部屋で月の歌を (角川ホラー文庫)

白い部屋で月の歌を (角川ホラー文庫)

ジュンは霊能力者シシィのもとで除霊のアシスタントをしている。仕事は霊魂を体内に受け入れること。彼にとっては霊たちが自分の内側の白い部屋に入ってくるように見えているのだ。ある日、殺傷沙汰のショックで生きながら霊魂が抜けてしまった少女・エリカを救うことに成功する。だが、白い部屋でエリカと語ったジュンはその面影に恋をしてしまったのだった……。斬新な設定を意外なラストまで導き、ヴィジョン豊かな美しい文体で読ませる新感覚ホラーの登場。第十回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作。(粗筋紹介より引用)

2003年、「白い部屋で月の歌を」で第10回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。同年11月、「白い部屋で月の歌を」と「鉄柱(クロガネノミハシラ)」を収録し、角川ホラー文庫より刊行。

作者は2002年に「フクロウ男」でオール讀物推理小説新人賞を受賞してデビュー。2005年に『花まんま』で直木賞を受賞している。

「白い部屋で月の歌を」は除霊を題材にしたホラー。ジュンの正体など読んでいるうちに予想はつくのだが、ジュンの一人称で描かれる切なさあふれる文体が作品世界にマッチしていて面白い。内容的にはホラーだが、どこかメルヘンチックなところもあり、独特の世界観が繰り広げられる。作者の美学がすでに組みあがっている、完成度の高い作品である。この回に「姉飼」がなかったら、大賞に選ばれていてもおかしくはないだろう。ただ、オチは少々弱かったか。

しかし、本作品集なら同時収録の「鉄柱(クロガネノミハシラ)」の方を選ぶ。部長の女だった部下に手を出したことが会社にばれて左遷させられた雅彦は、妻の晶子とともに田舎の久々里町へ引っ越す。もちろん、左遷の理由は偽ってだ。晶子は子供が産めない体ということもあり人見知りで、過換気症を抱えていた。住民は、ここは世界一幸せに暮らせる町だという。事実、住民は皆親切だった。しかし、町の広場の端に一本の鉄柱が立っており、途中から90度に曲がっていた。

人の幸せ、生きる意味という重いテーマを、作者ならではの文体と世界観で描いた作品。ある意味、このページ数でまとめたのはすごいと思う。ただ、自殺を肯定するような風習は間違っていると思いつつ、否定する言葉を持たせない舞台を書き上げる筆力は大したもの。色々と考えてしまうものがあった。

後に直木賞を取る実力はすでに持っていたものと思われる。逆にホラーの色が濃くならないよう、大賞を取らなくて良かったのかもしれない。