- 作者: 雀野日名子
- 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
- 発売日: 2008/10/25
- メディア: 文庫
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2008年、「トンコ」で第15回日本ホラー小説大賞短編賞受賞。同年10月、「ぞんび団地」と「黙契」を収録して角川ホラー文庫より刊行。
作者は2006年に「機械じかけのアン・シャーリィ」でジャイブ小説大賞入選(すずめの日名子名義)。2007年に「あちん」で『幽』怪談文学賞短編部門大賞を受賞し、08年に同作でデビューしている。
「トンコ」の主人公は豚。養豚場で育ち、食肉加工場に連れて行かれる途中で事故に遭い、トラックから逃げ出して兄弟たちを探し回る冒険短編小説。ええっと、冒険小説といっていいのだろうか。食料にされてしまう家畜を描いた小説はあっただろうが、家畜そのものを主人公にしたのは珍しいと思う。よくぞまあ、こんな設定の小説を考え出したものだと、素直に感心した。当てもなく彷徨い、コンビニ弁当の生姜焼きを臭いから兄弟だと訴えるトンコの心情がとてつもなく哀しい。一人称にせず、三人称視点にしたことため、もの哀しさがより伝わってきた。脱走した豚にパニックになる市民の姿はよく描けていたが、放屁や脱糞といった描写がしつこかったのは残念である。食の残酷さを描いたものではあってもこれのどこがホラーなのかわからないが、よくぞ受賞させた。
「ぞんび団地」は、両親に虐待される小学生が主人公。虐待ものは生理的に苦手で、読んでいて悲しくなるのだが、最後の展開は意外だった。これも一応、ハッピーエンドといっていいだろうか。
「黙契」は、警察官になった兄と、東京の専門学校に通うも挫折し最後は自殺してしまった妹の兄妹愛を描いた作品。兄と妹の視点が交互に描かれるものだから、もしかしたら叙述トリックが挟まれているのでは、などと勘繰ってしまった。悪い癖だ。妹が少しずつ挫折していくところが哀しくなってくる。妹の「声」が兄の心に徐々に伝わっていくところが見事だ。結末が何とも哀しく、そしてよかったと思わせる描写と展開は素晴らしい。
順位を付けるなら「黙契」「ぞんび団地」「トンコ」だろうか。一応家族愛がいずれもテーマとはなっているものの、これだけ毛色の違う作品を書ける実力は大したものである。恐いホラーを求める読者には不満が残るかも知れないが。