平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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真藤順丈『庵堂三兄弟の聖職』(角川書店)

庵堂三兄弟の聖職

庵堂三兄弟の聖職

庵堂家は代々、遺体から箸や孫の手、バッグから花火まで、あらゆる製品を作り出す「遺工」を家業としてきた。長男の正太郎は父の跡を継いだが、能力の限界を感じつつある。次男の久就は都会生活で生きる実感を失いつつあり、三男の毅巳は暴走しがちな自分をやや持て余しながら長兄を手伝っている。父親の七回忌を目前に久就が帰省し、久しぶりに三兄弟が集まった。かつてなく難しい依頼も舞い込み、ますます騒がしくなった工房、それぞれの思いを抱く三兄弟の行方は?第15回日本ホラー小説大賞大賞受賞作。(「BOOK」データベースより引用)

2008年、第15回日本ホラー小説大賞受賞作。2008年10月、単行本刊行。




作者は2008年に『地図男』で第3回ダ・ヴィンチ文学賞を受賞してデビュー。その後本作で第15回日本ホラー小説大賞大賞、『RANK』で第3回ポプラ社小説大賞特別賞、『東京ヴァンパイア・ファイナンス』で第15回電撃小説大賞銀賞を受賞。2008年に一挙新人賞四賞受賞という快挙を成し遂げている。

2007年、2006年とホラー小説大賞は出ていなかったので3年ぶり。この年は他に長編賞1作、短編賞2作が受賞しており、豊作であったとはいえる。

最初から死体を見渡すシーンが出てくるので嫌になりかけたが、よくよく読んでみるとそれは遺体を加工して家具や食器などを作り出す「遺工師」という職業だとわかる。遺工師の長男正太郎、父親の七回忌のために東京から帰ってきた二男久就、汚言症であり暴力衝動が激しい三男の毅巳。いずれも常人とは異なるキャラクターがはっきりしており、読んでいてわかりやすい。「遺工師」の仕事を取りまとめている彼らの叔父や、毅巳の恋人であるホステスの美也子なども、色々な意味でトンデモな人たちである。

キャラクター設定は際立っており、「遺工師」という設定もなかなかの物。私だったら遺体を加工した食器や家具、石鹸なんかを使いたいとは思わないが、それは人によって違うのだろう。

前半は三兄弟の生ぬるいやり取りが続くので、まさかこれだけで終わるのかと危惧していたら、三男毅巳の美也子をめぐる暴走や、暴力団組長夫婦が事故で亡くなった9歳の娘の剥製を頼むなど、事態は急展開。最後に結構ショッキングな内容はあるものの、実は三兄弟のヒューマンストーリーに落ち着くのだ。

ということで、これをホラーとして読んだら期待外れに終わるだろう。グロテスクな表現こそあるものの、ホラーとしての恐ろしさは皆無といっていい。しかし、林真理子の言う「さわやかな読後感」というのは納得する選評だ。ただ、これが「大賞」かと言われるとちょっと首をひねるところがあるのも確か。特にこの年の長編賞が『粘膜人間』だったことを考えると、どちらがホラー大賞にふさわしいかという点でこの作品はアドバンテージにさらされたことが少々残念である。