平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

佐木隆三『正義の剣』(講談社文庫)

正義の剣 (講談社文庫)

正義の剣 (講談社文庫)

現代社会のゆがみが引き起こした犯罪。罪を問われる被告人は、裁判では孤立無援の存在となる。そこで温情あふれる若き判事補が婚約者の応援を得て事件を解明していく。都内のアパートで一人暮らしの女性が、部屋に侵入した男に現金を盗まれ、猥褻行為を強要された。さて。英知と厚情で裁く連作裁判小説集。(粗筋紹介より引用)

三か月前に都内のアパートで一人暮らしの女性が、部屋に侵入した男に現金を盗まれ、猥褻行為を強要された事件の裁判。目撃証言により前科のある男が逮捕されたが、被告は逮捕当初の証言を翻し、無罪を主張した。裁判官一年生で公判を担当する遠山欣一のフィアンセである沢由紀子、その友達である大友雅美と河田啓子は、公判を続けて傍聴するうちに、被告が無罪ではないかと思い、事件の謎を追いかける。「第一章 新米裁判官」。

刑務所に服役中の男が犯した傷害事件。被告は傷害の事実こそ争わなかったが、証言内容に嘘があると怒声を浴びせ、挙句の果てに暴れて襲いかかろうとしたりした。事件は単純だと思われたが、実は裏があるのではないか。そう思った遠山は被告の背景をこっそりと調べて回った。「第二章 暴れる被告」。

中学三年生の従弟が東京の進学塾へ通うため、十二月早々遠山のマンションに転がり込んできた。今回の裁判は、家庭内暴力を振り回す高校二年の息子を殺した父親が被告。受験戦争が背景にあることが他人事と思えなかった従弟は、法廷を勉強したいと裁判を傍聴する。「第三章 幼い戦士」。

被告は14歳の息子、7歳と3歳の娘を放置していた母親であった。部屋の中には他に死後2,3年経った赤ん坊の遺体もあった。ところが、いるはずの2歳の女の子がいなかった。女の子は息子およびその友人たちのいじめの標的にあって死亡していた。母親の罪をどう裁くか。「第四章 女神の困惑」。

八年前に起きた強姦致傷・殺人事件、いわゆる「正美ちゃん事件」の裁判は、物的証拠がなく、一度は自白した被告が公判では否認していることから、長く続いていた。由紀子と結婚し、もうすぐ子供が生まれる遠山は、二人で事件の現場を歩き回った。事件は有罪か、それとも無罪か。無期懲役の求刑に遠山はどう判決文を書くのか。「第五章 藪のなか」。

1988年8月から1989年6月、三友社を通じ、北海タイムスから琉球新報まで十数社の地方紙に配信、連載。1992年7月、講談社より単行本として刊行。1995年8月、文庫化。



東京地裁刑事三〇部を舞台に、新米裁判官遠山欣一が法と正義、そして真実に悩みながら、裁判官として成長する姿を描いている連作短編集。タイトルとなっている「正義の剣」とは、最高裁判所大法廷の正面大ホールにある女神像のことであり、右手に剣、左手に天秤を持ったポーズをしている。

ノンフィクション・ノベルや犯罪ルポなどの著作が多い佐木隆三であるが、本作は現実の事件をヒントにしているものの、あくまでフィクションとして書かれた作品集である。そのため、裁判の関係者に会い、自ら調査するなど、本来なら許されない行為が所々で出てくる。作者自身「フィクションの世界では、裁判官がルール違反の証拠収集をするなどして、単刀直入に問題点に迫ることができる」と書いてはいるが、それなりにリアリティのある書き方をしている作品で、このような“ルール違反”に首をひねってしまうのは私だけだろうか。この裁判官、変な先入観を持って判決文を書いている、などと思ってしまうのだが。

第五章は、島根県で起きた幼女殺人事件をモデルにしている。作者は後に、この事件の詳細を追った『闇の中の光』(徳間書店)という作品を出版している。