平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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小杉健治『二重裁判』(集英社文庫)

二重裁判 (集英社文庫)

二重裁判 (集英社文庫)

東京高輪でおきた社長殺しの容疑で逮捕された古沢克彦は無実を叫びながら、獄中で自殺した。兄の無実を信じ名誉回復の再審を弁護士に依頼する妹秀美。だが、公判中の被告人の死は、有罪ではなく無実というのが法律上の建前で再審請求には該当しない。マスコミが騒ぎ、殺人者に仕立て上げられた兄の無実を晴らすために、秀美が打った奇策と意外な事実とは…。真実を問う長編法廷ミステリー。

1986年6月、廣済堂出版ブルーブックスより書き下ろし刊行。作者の第三長編。1991年4月、集英社より文庫化。



当時、法廷ミステリの旗手として話題になっていた作者の出世作と言ってもいい長編。週刊文春ベストでは第8位、さらにSRの会のベストでも第8位とランキングされている。

「裁判で有罪の判決が出るまでは無罪」と言いながらも、社会的には逮捕された時点で有罪になっているという法の建前と一般社会のずれを書こうとしたこの作品。そしてその目論見は、高いレベルで成功しているといってよい。

兄は本当に無実だったのか。逮捕された時点で有罪と社会的にみなされ、マスコミは周囲の人物へ容赦なく押しかけ、迷惑を顧みず取材を続け、話を捻じ曲げ、世間を扇情していく。妹の秀美も婚約者と別れることとなる。妹の秀美が取った「奇策」は予想の付くものだったが、社長殺しの事件も含め、その真相は意外なもの。できれば裁判やマスコミの後日談を書いてほしかったところだが、現実では同じ問題点が上がっても反省するのは一時だけで、また人権侵害を繰り返すのがマスコミだから、書くだけ無駄だと思ったのかもしれない。

汚職代議士などの弁護も引きうけて高額な報酬を取る替りに、貧しい人々の弁護には自腹を切るという瀬能寿夫は、本書と短編「動機」にしか登場しない。事件資料を見ただけで事件の矛盾を見つけ出すほどの有能な弁護士なので、かえって使いづらかったのかも知れないが、もっと他でも活躍を見てみたかったほどのキャラクターである。

法廷ものの傑作の一つ。日本ミステリ史に残る作品だろう。小杉健治は今の若い人にももっと評価されてもいいと思うのだが。本格ミステリの要素もあるし。