平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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麻耶雄嵩『名探偵 木更津悠也』(光文社 カッパノベルス)

名探偵 木更津悠也 (カッパ・ノベルス)

名探偵 木更津悠也 (カッパ・ノベルス)

名探偵とは何か。神。選ばれし存在。絶対の頭脳。類い希なる自制心。そして羨望の眼差しで見つめるワトソン役。木更津悠也は名探偵として存在し続ける。

京都の町に出没する白い幽霊に導かれるように、4つの事件が発生した。木更津悠也は、いかにして事件を解決に導くのか。

ジャーロ」他に掲載された4短編を収録。



麻耶雄嵩といえば、一癖も二癖もある本格ミステリの書き手だが、短編でもそれは変わらない。ただ本短編集に限っていえば、スタイルは本格ミステリの王道と変わらない。事件が発生し、誰もが見落としそうな手がかりから名探偵が謎を解く。名探偵自身も、いわゆる名探偵と世間一般で言われている名探偵そのままの姿である。ではどこが違うとかというと……これは読んでみてもらうしかない。多くのところで既に書かれていることであるし、ネタバレとは違う内容ではあるが、やはり自分の目で確認してもらった方が驚くはずだ。

名探偵とは何か。こういう切り口からの本格ミステリというのは面白い。私は後期クイーン問題などには興味がない。名探偵とは事件の謎を解き明かす存在。それ以上でもそれ以下でもない。罪を裁くということは、名探偵の仕事ではない(例外もあるが)。では、どうすれば名探偵は名探偵と呼ばれるようになるのか。切り口を変えれば、まだまだ面白い本格ミステリに出会うことが出来そうだ。

古めかしい洋館戸梶邸で資産家の主人が刺殺された。相続問題で揺れている戸梶邸であったが、関係者にはみなアリバイがあった。切り取られた犯行現場のカーテンから、事件の謎を解く木更津。「白幽霊」。ちょっとした手がかりから一気に解決まで進む推理と、その手がかりを提示する実朝の姿が面白い。

半年前から失踪したままの友人。学園近くで発生する白幽霊は失踪した彼女ではないか。そしてまた、彼女の友人が部室で殺害された。「禁区」。この作品も、事件を解決する手がかりが素晴らしい。誰もが見過ごしそうな手がかりであるし、それが再現させた芝居でわからせるという手法も見事。本短編集のベスト。

木更津の元へ現れた依頼人は、酔っぱらって交換殺人を受託したというサラリーマンであった。自分が殺すはずだった男性が殺害されている。しかし自分は犯人ではない。次に危ないのは、殺害を依頼してしまった妻だ。だから、犯人を捜してほしい。木更津が見つけた意外な事件の真相は。「交換殺人」。事件の推理そのものはかなり苦しいが、交換殺人という古典的なトリックに、一風変わったアイディアを加えた工夫は買いたい。

埋められていた死体は、一年前に失踪した女子大生であった。彼女の父親から依頼を受けた木更津は、事件解決に乗り出す。手がかりは、時間外に返却された一本のビデオテープ。ところが、父親まで殺害された。「時間外返却」。二番目の殺人の動機はちょっと無理があると思うし、事件解決の爽快感も今一つ。ただ、名探偵とは何かというスタンスを極限まで追求する木更津が面白い。