平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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アンソニー・ホロヴィッツ『ヨルガオ殺人事件』上下(創元推理文庫)

 『カササギ殺人事件』から2年。クレタ島でホテルを経営する元編集者のわたしを、英国から裕福な夫妻が訪ねてくる。彼らが所有するホテルで8年前に起きた殺人事件の真相をある本で見つけた──そう連絡してきた直後に娘が失踪したというのだ。その本とは名探偵<アティカス・ピュント>シリーズの『愚行の代償』。かつてわたしが編集したミステリだった……。巨匠クリスティへの完璧なオマージュ作品×英国のホテルで起きた殺人事件! 『カササギ殺人事件』の続編にして、至高の犯人当てミステリ登場!(上巻粗筋紹介より引用)
 “すぐ目の前にあって──わたしをまっすぐ見つめかえしていたの” 名探偵<アティカス・ピュント>シリーズの『愚行の代償』を読んだ女性は、ある殺人事件の真相についてそう言い残し、姿を消した。『愚行の代償』の舞台は1953年の英国の村、事件はホテルを経営するかつての人気女優の殺人。誰もが怪しい事件に挑むピュントが明かす、驚きの真実とは……。ピースが次々と組み合わさり、意外な真相が浮かびあがる──そんなミステリの醍醐味を二回も味わえる、ミステリ界のトップランナーによる傑作!(下巻粗筋紹介より引用)
 2020年、イギリスで発表。2021年9月、邦訳刊行。

 

 三年連続ミステリランキング四冠達成のホロヴィッツの新刊は、まさかの『カササギ殺人事件』の続編。しかも過去にさかのぼるのではなく、2年後の話である。
 8年前にイギリスの高級ホテル「ブランロウ・ホール」で、ホテルのオーナー、ローレンス・トレハーンの次女、センリーがエイデン・マクニールと結婚して式が開かれる前日、宿泊客のフランク・パリスが部屋で殺害され、式の後に死体が発見された。財布が盗まれ、それが従業員でルーマニア人のステファン・コドレスクの部屋から見つかったことから、ステファンが捕まり、無実を訴えるも、最低25年以上の終身刑の判決を受けた。しかし先日、センリーはアラン・コンウェイが書いた名探偵<アティカス・ピュント>シリーズの第三作『愚行の代償』を読んで事件の真相がわかったと両親に連絡するも、その内容を告げる前に夫と子供を残したまま失踪した。

『愚行の代償』はホテル「ヨルガオ館」を経営する人気女優の殺人事件を扱ったものだったが、ホテルや登場人物の一部のモデルは「ブランロウ・ホール」だった。当時編集者だったスーザン・ライランドに、事件の真相を探してほしいと、トレハーン夫婦は依頼する。クレタ島アンドレアス・パタキスと経営するホテルが赤字だったことから、報酬に目がくらみ、スーザンはイギリスに渡る。
 本作では、まずスーザンが次女の失踪と当時の殺人事件についての捜査を始め、事件の概要や人間関係が分かったところで、スーザンが『愚行の代償』を読み始める。上巻の後半から下巻にかけ、『愚行の代償』が丸々収録されている、という展開だ。
 『カササギ殺人事件』は現在の時点の事件の方は面白かったが、作中作「カササギ殺人事件」の方が今一つで、ちょっと残念だったのだが、本作は作中作『愚行の代償』が面白い。クリスティのオマージュとなっており、フーダニットに酔わせてくれる作品に仕上がっている。さらに、現在の事件とどこにリンクするのかという謎解きも加わり、二つの謎解きを作中作で楽しめるのだ。それにどの人物がどの人物のモデルになっているかといった楽しみも加わる。現在の事件の構造がわかってから作中作を読むというのは、実に楽しい。前作と違う点はそこだろうか。
 現在の事件の方もフーダニットを楽しめる作品だ。ただそれ以上に楽しめるのは、アラン・コンウェイの意地悪さだろうか。どこに悪意が潜まれているのか、嫌な気分になりながらも楽しんでしまうのだから、作者の腕に脱帽してしまう。最後に訪れる一気呵成の謎解きばかりでなく、スーザンの周囲の人物などもきちんと描かれていてドラマがあるし、言うことなしである。
 個人的には今までのホロヴィッツで一番楽しめました。今年もトップを取るんじゃないかな。それにしてもアランって、全作に何らかの悪意を画しているのか? 残り七冊を楽しみに待ってしまうじゃないか。次のスーザンシリーズの作品は、アティカス・ピュントのテレビドラマが舞台なのかもしれない。