平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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白井智之『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』(新潮社)

 病気も怪我も存在せず、失われた四肢さえ蘇る、奇蹟の楽園ジョーデンタウン。調査に赴いたまま戻らない助手を心配して教団の本拠地に乗り込んだ探偵・大塒は、次々と不審な死に遭遇する。だが「密室」殺人でさえ、奇蹟を信じる人々には、何ら不思議な出来事ではない。探偵は論理を武器に、カルトの妄信に立ち向かう。「現実」を生きる探偵と、「奇蹟」を生きる信者。真実の神は、どちらに微笑むか?(粗筋紹介より引用)
 2022年9月、書下ろし刊行。

 

 評判が良いので手に取ってみた。『名探偵のはらわた』の続編かと思ったが、同じ世界ではあるものの前作が2015年だったのに、本作はそれより40年近く過去に遡る1978年11月が舞台。なので前作を読まなくても全く問題はない。副題が「人民教会殺人事件」とあるが、実際にアメリカにあったカルト集団人民寺院をもとにしている。
 人民寺院についてはオウム真理教が話題になったころにちょっとだけ読んだことがあるのだが、詳しくは覚えていない。ただ、ジョーンズタウンにおける900人以上の集団自殺は知っていた。なんで今更この事件を取り上げるのだろうと不思議に思っていたが、結末まで読んで納得。この舞台でないと、このミステリは成り立たない。
 助手で大学生の有森りり子が人民教会によるジョーデンタウンまで調査に行ったまま帰らないので、探偵、大塒崇が取り戻しに乗り込む。このりり子と大塒の関係が面白い。この複雑な関係が推理に影を落とすのだから、よく考えたものだ。さらに不思議な状況下でも、奇蹟の一言で済ましてしまう世界でどう謎解きをするのか。
 カルト宗教を信じ切っている信者たちの発言にイライラしながら話は進んでゆく。立て続けに起きる悲劇。どうまとめるのかと思ったら、まさかの解決編150ページ。まさかの多重推理。まさかの犯人。まさかの解決。いやあ、すごい。これはすごい。実在の舞台に、実在の事件も加味し、よくぞこれだけの謎解きを仕立て上げたと感動。
 本格ミステリファンならこれを読まなきゃ、という作品。ただ、本格ミステリに興味がない人が読んだら、退屈なだけだとは思う。適当に推理をこねくり回しているだけじゃないか、と言われても仕方がない。それに現実の事件を使わないと、カタストロフィの説得力が成り立たない。そんな作品でもある。何の知識も無しにこのような舞台を作り上げても、絵空事と簡単に切り捨てられそうだ。
 『名探偵のはらわた』の次にこの『名探偵のいけにえ』を書いたのは、おそらく次の作品に何らかの関係があるのだろう。ということで、やっぱり読むなら出た順番がいいかな。