高級住宅地のど真ん中にある二階建ての家の内部が全焼。焼け跡から都議会議員の藤堂康幸と、妻で元女優の江利子の遺体が見つかった。康幸はひもで首を絞められた窒息死。そして江利子は風呂場で首を吊った状態で見つかったが、別の索状痕があり、無理心中に見せかけたことは明らかだった。特捜本部に加わった警視庁捜査一課の五代努巡査部長は、所轄・生活安全課の山尾陽介警部補とペアを組んで捜査に当たる。二人を恨んでいるものはおらず、捜査は難航。そこへ犯人と名乗るものから、藤堂夫妻の非人道的行為を示す証拠品を三億円で買い取れという脅迫状が議員事務所に届く。この要求を無視すると、今度は夫妻の一人娘である榎並香織のスマートフォンに、康幸のタブレットから、香織のお腹の子供の写真とともに三千万円を要求するメールが届く。香織と夫で総合病院副院長の榎並健人は、指定の口座に金を振り込んだ。五代は捜査を進めるうえで、ある人物に疑惑を抱くようになる。
『小説幻冬』2023年3、10月号、2024年1、4-9月号掲載。加筆修正、書き下ろしを加え、2024年11月刊行。
主人公の五代は『白鳥とコウモリ』にも出ているらしいのだが、そちらは読んでいないのでわからない。清州橋事件で大きな働きをした、と作中であるからそれかも知れない。
五代視点で話は進み、捜査の方も五代が多くの情報を掴んでくる。他の刑事はいったい何をやっているんだ、という気にはなるが、「五代は切れる」と所轄の刑事ですら知っているようだから、あえてこういう構成にしているのだろう。しかし他にメインで出てくるのは、五代の直属の上司である筒井警部補と、班長の桜井くらい。これで捜査の進捗状況のほとんどがわかってしまうのだから、東野圭吾の描き方はさすがである。
仲の良い夫婦が殺され、その原因が主要人物の高校時代にまで遡るというのが本書の主眼。少し読み進めると、疑わしい人物が出てきたり、疑わしい出来事が見えてきたりする。ああ、多分こう進むのだろう、と読者が予想しやすい展開だ。そこを半歩先、半歩ずれた目標へ設定しているのが、東野圭吾は実に巧い。だからそこに驚きが生じ、感情が揺さぶられる。
なんなんだろうなあ、このタクトの振り方の絶妙な幅広さは。一つ間違えればお涙頂戴の陳腐な物語になりそうな題材を、読み応えのあるミステリに仕立て上げてしまうのだから、やっぱりすごい作家なんだと思ってしまう。ちょっと地味かもしれないが、かえって作家としての実力を存分に見せつけた結果になっている。この面白さ、脱帽しました。