平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ベンジャミン・スティーヴンソン『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』(ハーパーBOOKS)

 ぼくたちカニンガム家は曰くつきの一族だ。35年前に父が警官を殺したあの日以来、世間からは白い目で見られている。そんな家族が3年ぶりに雪山のロッジに集まることになったのだから、何も起こらないはずがない─その予感は当たり、ぼくらがロッジに到着した翌日、見知らぬ男の死体が雪山で発見された。家族9人、それぞれが何かを隠し、怪しい動きを見せるなか、やがて第2の殺人が起こり……。(粗筋紹介より引用)
 2022年、オーストラリアで刊行。2024年7月、邦訳刊行。

 オーストラリアの作者の長編三作目。邦訳は初めて。コメディアンとしても有名とのことだ。
 冒頭からディテククション・クラブの会員宣誓やロナルド・ノックスの探偵十戒が出てくる。まあ、さすがに十戒の5項目(○○人の話)は削除されているが。プロローグで語り始めるのは、「ミステリの書き方を教えるハウトゥ本を執筆する作家」である作者のアーネスト(アーニー)・カニンガム。いきなり「ぼくの家族は全員誰かを殺したことがある」と語り出すのだ。おいおいと思ったら、「近頃のミステリー小説には、この自明の理を忘れ、事実より隠し玉や切り札に重きを置くものが多い」と嘆く。だからノックスの十戒を載せ、「謎解きは公平にやれ」と訴えかける。自らは探偵とワトソンの両方の役割を担うわけだから、全ての手がかりを読者に明かし、自分の推理や思考も明かすと宣言する。なんだこりゃ、と思いつつ、物語を読むことにした。
 「兄」「義妹」「妻」「父」などと登場人物の属性を章タイトルにし、ところどころで読者に語りかけたり念押ししたりするので、海外でもこんなメタな書き手がいるのか、と頭を抱えそうになってしまった。特に章を設けながら、何も語りたくない、はないだろう。しつこいぐらい、自分がフェアな語り手だと訴えるのを見ると、ここまで念押ししなければすぐに作者が疑われるのか、と悲しくなってしまった(あ、自分だ、すぐに疑うのは)。
 ところが雪山に家族が3年ぶりに集まった状況下における連続殺人の謎が深まっていくうちに、意外と真っ当な本格ミステリであったことに驚いた。全ての手がかりは明示され、探偵は自らの推理の過程を丁寧に、ご丁寧なぐらい読者へ示す。自分は世の探偵よりは賢くないと嘆きつつも、最後はみんなを集めての謎解きと犯人指名。これは面白い。コメディアンの作者ならではのユーモアを散りばめつつ、余計なトリックを使うことなく、あくまでフェアプレイに徹した本格ミステリ。特に、散りばめられた伏線の回収がうまい。メタな要素は目くらましよりもフェアな部分を強調するのが主目的であり、正直しつこいのだが、まあそれぐらいは我慢しよう。
 本格ミステリとしても十分楽しめるし、作者のユーモアも楽しめる。本格ミステリに対するこだわりのメタ要素も、ユーモアだと思えば結構じわじわ来るものだ。訳文のおかげかも知れないが、文章も実に読み易い。聞いたことがない作者だったのであまり期待していなかったが、予想外の広い物であった。