平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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逸木裕『彼女が探偵でなければ』(KADOKAWA)

 高校時代に探偵の真似事をして以来、森田みどりは人の〈本性〉を暴くことに執着して生きてきた。気づけば二児の母となり、探偵社では部下を育てる立場に。時計職人の父を亡くした少年(「時の子」)、千里眼を持つという少年(「縞馬のコード」)、父を殺す計画をノートに綴る少年(「陸橋の向こう側」)。〈子どもたち〉をめぐる謎にのめり込むうちに彼女は、真実に囚われて人を傷つけてきた自らの探偵人生と向き合っていく。謎解きが生んだ犠牲に光は差すのか――――。痛切で美しい全5編。(帯より引用)
 『小説 野性時代』掲載作品に加筆修正のうえ、書き下ろし3編を加え、2024年9月、単行本刊行。

 森田みどりは腕時計の修理の依頼に、上諏訪にある九条時計店へ行った。しかし時計師である計介は病気で2か月前に亡くなり、今は息子で瞬が一人で住んでいた。応対中に生じた停電で動けなくなった瞬は、原因となった三年前のある出来事を話す。工房の庭にある小さな防空壕に二人でいた時、地滑りで閉じ込められた。落ち着いていた計介が近所のおばあさんが通りかかった際に声をかけたことで、二人は助けられた。しかし時計を持っていない防空壕の中で、なぜおばあさんが通りかかるのがわかったのか。「時の子 ―― 2022年 夏」。
 サカキ・エージェンシー女性探偵課の課長である森田みどりの部下、鮎原史歩と一ノ瀬岬が言い争いをしていた。二人が女性の失踪人を調査中、千里眼の持ち主だと自称する高校生ぐらいの男の子が、探し人はあのホテルにいると告げる。すると本当にそのホテルに居た。失踪人は当然そんな男の子は知らないと話す。興味を持ったみどりは、二人が渡された名刺のQRコード先のサイトにあった待ち合わせ場所に向かい、千里眼・兎戌四郎に会う。「縞馬のコード ―― 2022年 秋」。
 帰り道の途中にある商業施設のイートインスペースで、森田みどりは残務を片付けていた。すると中学一年生くらいの男の子が、一心不乱に何かをノートに書いていた。興味を持ったみどりは、男の子が席を立った瞬間に覗き見ると、そこには「父を殺す」と書かれていた。気になって少年の後を尾けると、ある一軒家に入っていった。そこの表札には、西雅人とあった。四年前、別居中の妻・咲枝に息子・颯真を連れ去られたので、裁判で取り戻せるように素行調査してほしいと依頼してきた。ところが調査の結果は何もなく、しかも二人の仲は良好であったと報告すると事務所で大暴れし、放り出されていたのだ。それがなぜ、二人は一緒に住んでいるのか。「陸橋の向こう側 ―― 2022年 冬」。
 横浜支局に異動するなら探偵事務所を退職すると訴える須見要を森田みどりが説得していたところ、依頼人がやってくる。足立区に住む在日クルド人のアザド・タシは3日前、経営しているトルコ料理店のシャッターに赤く✕とスプレーで描かれた。警察に届けるも無視されたので、調査してほしいと依頼する。足立区では、在日クルド人と地域の人たちとの間でトラブルになっていた。調査を始めると、他にも✕を描かれた家が数件あった。要が調べていくうちに、父がクルド人、母が日本人の高校二年生・ロハットと仲良くなり、クルド人たちと交流するようになる。「太陽は引き裂かれて ―― 2024年 春」。
 夫・司の提案で、みどりは司、長男・(おさむ)、次男・(のぞみ)と父・榊原誠一郎の5人で、誠一郎の出身地である茨城県吾代町へ向かった。吾代町は陶芸・漆芸が盛んで当日は「吾代フェス」が開かれていてホテルが取れず、誠一郎の幼馴染・唐沢範子が営むやきものカフェに泊めてもらうことになっていた。カフェで幼馴染たちと交流を深める誠一郎。一方みどりは、範子が母親で陶芸家の唐沢芙美子と不仲だったと聞き、不審に思う。そんなとき、理が一人で森へ入ったかもしれないと電話が入った。「探偵の子 ―― 2024年 夏」。

 『少女は夜を綴らない』に続く探偵・森田みどりシリーズ。二十代の頃は無茶な調査をすると煙たがられる存在だったが、父でサカキ・エージェンシーの社長である誠一郎から〈女性探偵課〉の初代課長を任命され、あれよあれよと繁昌してしまった。夫の司は化粧品会社で働くマーケッターだったが、2020年にフリーランスになり、リモートワークをしている。長男・理は本の虫で「探偵の子 ―― 2024年 夏」では8歳の活字中毒。次男・理は活発で外では目が離せない。みどりと司が結婚したのは2013~15年あたりだろうか。その時代のエピソードはまだ書かれていないので、どういう経緯があったのかは不明である。
 買う気になったのは、帯にあった「第75回日本推理作家協会賞〈短編部門〉受賞シリーズ」という言葉。最初見たときは、どういう意味だこれは、と目を疑ってしまった。中を開いてみると受賞作である「スケーターズ・ワルツ」に連なるシリーズだからこういう書き方をしていることがわかった。それで興味を持ったため、前作とまとめて購入。
 前作と比べると母親になっている分、あからさまに人の裏側を調べようとするのは減ってきているが、それでも根本的なところは変わっていない。本作品ではいずれも男の子を捜査のきっかけとしており、いずれも残酷な現実をたたきつける。そんな自分の性格について悩むようになったのが、シリーズの新しい一面だろう。特に自分との子供に悩むところが、意外といえば意外な気もする。今後のシリーズでは、成長した二人の子供との接触が大きなテーマとなるのだろう。ただ、4、5年ぐらい先になりそうだが。先に結婚の話を描くのかな。恋愛には向いていないと思われる女性が、どのように男性と付き合うようになったのか。作者の筆で見せてほしい。
  個々の作品で見ると、心理面に深く突っ込むようになった分、謎解きとしての味わいが逆に薄くなった気がする。どの作品も”意外な真相”は用意されているんだけれどね。物事にある表と裏をうまく使っているとは思うのだが、ミステリとしてはちょっと物足りない。『少女は夜を綴らない』収録の「スケーターズ・ワルツ」のような傑作が、本短編集にないのが残念だ。「太陽は引き裂かれて」は川口市クルド人問題をモチーフとしているだろうが、このシリーズではあまり読みたくなかったかな。みどりという人物への焦点が薄れてしまっている。どれか一つを選ぶとしたならば「時の子」か。色々な意味でこの父親、よく子供を作ったな。人の心理とはやはり不思議だ。
 さて、次の短編集はあるのだろうか。作者に聞いてみたい。