平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

宮部みゆき『希望荘』(文春文庫)

 今多コンツェルン会長の娘と離婚した杉村三郎は仕事を失い、愛娘とも別れ、東京都北区に私立探偵事務所を開設する。ある日、亡き父が生前に残した「昔、人を殺した」という告白の真偽についての依頼が舞い込む。はたして真実は――。2011年の3.11前後の杉村三郎を描くシリーズ最新作。(粗筋紹介より引用)
 『STORY BOX』2014年12月号~2016年5月号連載の「聖域」「希望荘」「二重身(ドッペルゲンガー)」と、『オール讀物』2015年6月号、8月号に掲載された「砂男」を収録。2016年6月、小学館より単行本刊行。2018年11月、文春文庫化。

 1月15日に杉村探偵事務所を開いてから10か月。近所のアパートに住む女性からの依頼を受けた。アパートの階下に住み、春に亡くなったはずのおばあさんが先週、車椅子に乗って若い女性と楽しそうに話していることを目撃したとのこと。気になるので、本人なのか、他人の空似なのかを調べてほしいと言う。「聖域」。
 池袋でイタリアンレストランを経営している相沢幸司の父親、武藤寛二は死ぬ二か月ほど前から息子や老人ホームのスタッフなどに、昔人を殺したことがあると告白していた。その告白が真実かどうか、調べてほしいと杉村は依頼された。「希望荘」。
 2009年1月に離婚後、杉村三郎は山梨県の故郷へ10年ぶりに帰った。兄は果樹園経営と農業生産法人の役員、姉は小学校の教師。父は自宅療養中で、母は兄夫婦の家を切り回していた。そして三郎は姉夫婦と同居し、5月からなつめ市場でアルバイトをしていた。ある日、配達に行った人気蕎麦店が開いていなかったので若夫婦の家に行ってみると脱水状態の妻・牧田典子が出てきて、夫・広樹が不倫して昨夜出ていったと言って気絶してしまった。それから1か月後、調査会社「オフィス蛎殻」を経営している蛎殻昴から依頼を受ける。「砂男」。
 2011年3月11日の大震災で借りていた事務所兼住所の古屋が傾いてから2か月。古家のオーナー竹中夫人により、杉村は迷宮のような大邸宅である竹中家の空き部屋を借りることとなった。かつて捜査に関わった少年からの紹介で、高校二年生の伊知明日菜より、シングルマザーの母親と付き合っていたカジュアルアンティーク経営者の男性が震災の前日に買い付けで東北の方へ行ってから行方不明になったので、探してほしいという依頼があった。「二重身(ドッペルゲンガー)」。

 『誰か Somebody』『名もなき毒』『ペテロの葬列』に続く杉村三郎シリーズ第4弾。今多コンツェルン会長の娘と離婚した杉村三郎は、私立探偵事務所を開く。離婚から事務所を開くきっかけまでが語られるのが「砂男」。それから時系列で「聖域」「希望荘」と進み、大震災で事務所を竹中家の一室に移すのが「二重身」となる。
 杉江松恋の解説を読んで納得したが、このシリーズは私立探偵ものであり、主人公がなぜ私立探偵になったのかを長編三作で語るという珍しいシリーズである。そして本作は私立探偵事務所設立顛末記となる。開業のきっかけとなる「オフィス蛎殻」の面々、事務所の家のオーナー竹中夫人、今多コンツェルン時代の行きつけの喫茶店で、今は近くで喫茶店侘助」のマスター水田大造などのシリーズ登場人物も勢ぞろいする。
 宮部みゆきの巧いところは、平易で簡潔な文章なのに、登場人物や事件背景の描写が巧く、世界観がすんなり入ってくるところ。そしていい人過ぎる杉村三郎の心情が読者へ沁みこんでくるところ。そして流れるようなストーリー。もはや名人芸と言ってもいいだろう。
 本作品集から日付を作品内に掲載するようになっている。自らの物語に一つのけりをつけた杉村三郎が、社会と向き合うための措置のように思える。それは、宮部みゆきが私立探偵小説に真っ向から挑む決心を固めたものなのだろう。
 先に第5作『昨日がなければ明日もない』を読んでいたのだが、これはやはりこちらを先に読むべきだったなと後悔。次作はすぐに読むぞ、なんて思っていたら、第1作の『誰か Somebody』を読んでいないや。うん、いい加減だね、自分。