探偵の父を持つ高校2年生のみどりは、同級生から頼まれて先生を尾行し始める。爽やかな教師が隠していた“本性”を垣間見たみどりは、人間の裏側を暴く興奮にのめり込んでいく(「イミテーション・ガールズ」)。誰を傷つけることになっても謎を解かずにはいられない探偵・みどりが迫る、5つの嘘と真実。第75回日本推理作家協会賞〈短編部門〉受賞作を含む、珠玉のミステリ連作短編集。
『小説 野性時代』掲載。2022年1月、KADOKAWAより単行本刊行。加筆修正の上、2024年8月、文庫化。
探偵事務所サカキ・エージェンシーを経営する父を持つ高校二年生の榊原みどりは、クラスメートの本岡怜が学年のボスである松岡好美に虐められているのを助けたことが縁で、担任である英語の清田先生の弱みを握ってほしいと頼まれる。尾行していたら、ラブホテルに入っていった清田。その後、同じラブホテルに入っていったのは好美だった。「イミテーション・ガールズ ―― 2002年 春」。
京都大学文学部に通うみどりは、東京出資で薬学部に通う友人の松浦保奈美から相談を受ける。通っている香道教室で見せていた龍涎香を盗まれた。保奈美は、犯人が元調香師である君島君乃先生と疑い、探ってほしいと依頼する。「龍の残り香 ―― 2007年 夏」。
1年半前に大学を卒業してサカキ・エージェンシーに入社したみどりはこの三か月、埼玉県警を早期退職した同期入社の奥野力とパートナーを組んでいる。今日、飛び込みできた依頼主の笠井満は、去年一か月ほど同棲していた赤田真美からストーカー行為を受けているので、証拠をつかんでほしいと訴えた。みどりがとりあえず調査を始めるも、そのような形跡はまったく見られなかった。「解錠の音が ―― 2009年 秋」。
軽井沢での調査を終えたみどりは、そのまま休暇を取ろうと思い立つ。ピアノの音に惹かれて入ったドイツ料理のレストランでは、40代くらいの女性が演奏していた。演奏の終ったピアニスト、土屋尚子は開いていたみどりの前の席に座って食事を始める。特に『スケーターズ・ワルツ』を褒めたみどりに尚子は、20年前のドイツの地方都市での、ひとりの若い指揮者とその恋人の話を語る。「スケーターズ・ワルツ ―― 2012年 冬」。
高校時代は砲丸投げの選手だった須見要は、鳶工として三年働いていた会社を辞めて一年前にサカキ・エージェンシーに入社した。女性探偵課の課長である森田みどりと初めてコンビを組む依頼は、二か月前にリベンジポルノの被害を受けた妹のために、写真をばらまいた当時の彼氏を探してほしいというものだった。「ゴーストの雫 ―― 2018年 春」。
主人公は榊原みどり、結婚後は森田姓。「イミテーション・ガールズ ―― 2002年 春」でみどりは、子供のころから熱中を知らない自分をこう評価する。
わたしの人生は〈常温の水道水〉という感じだ。運動も勉強もそれなりに好きで、それなりに得意。好奇心もあるほうだし、友達もそこそこいて、家族関係も良好。成績表はほとんどが五段階の四で、特別に得意な科目も、格段に苦手な科目もない。口当たりがよく、温度もちょうどよく、それなりにミネラルも入っていて、まあまあ美味しい水道水。
しかしみどりは、「イミテーション・ガールズ ―― 2002年 春」で、人の本性と裏側を暴く快感に目覚め、探偵の道を目指していく。
そういうバックボーンがあることを知って読むのと、知らないで読むのでは、榊原みどりという人物の印象は変わってくるし、作品の評価も変わってくるのではないか。そういう印象を受けた。特に「ゴーストの雫 ―― 2018年 春」は他4作と異なる須美要視点であり、さらに結婚・出産後ということもあってか、みどりの印象がまた少し変化している。そういう榊原みどりの物語として読むべきシリーズなのだろうと思う。
そういうシリーズものとしての印象は別にして、個々の短編も悪くない。特に協会賞を受賞した「スケーターズ・ワルツ」は見事。終着点までの展開が素晴らしい。「解錠の音が」もストーカーから予想外の方向に話が広がり、出だしの話と結びつく構成はうまい。
いずれの話にも、人の表と裏が存在する。表と裏が交錯するところに謎が存在する。そんな謎を、丁寧に追いかけることで解き明かすみどり。元々次作『彼女が探偵でなければ』が面白そうだったので、まずはこちらから読んでみようと思った次第なのだが、読んで正解だった。年間ベストに選ぶほど派手で特出しているわけではないが、目が離せないシリーズがここにある。