平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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陸秋槎『元年春之祭』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 前漢時代の中国。かつて国の祭祀を担った名家、(かん)一族は、春の祭儀を準備していた。その折、当主の妹が何者かに殺されてしまう。しかも現場に通じる道には人の目があったというのに、その犯人はどこかに消えてしまったのだ。古礼の見聞を深めるため観家に滞在していた豪族の娘、於陵葵(おりょう)は、その才気で解決に挑む。連続する事件と、四年前の前当主一家惨殺との関係は? 漢籍から宗教学まで、あらゆる知識を駆使した推理合戦の果てに少女は悲劇の全貌を見出す――気鋭の中国人作家が読者に挑戦する華文本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2016年、中国の新星出版社から刊行。2018年9月、邦訳刊行。

 作者の陸秋槎(りく・しゅうさ/ルー・チウチャー)は北京生まれ。復旦大学古籍研究所在学中の2014年に短編ミステリ「前奏曲」で、第二回華文推理大奨賽(華文ミステリ大賞)の最優秀新人賞を受賞。本書は長編デビュー作。2013年、第3回島田荘司賞に応募するも一次選考で落選。同年8月、初稿を新星出版社の編集者に渡すもデビューならず。2015年1月に出版社と契約を結び、大幅な改稿後に出版されたという経緯がある。
 時代は天韓元年(紀元前100年)、中国は前漢のころ。楚の雲夢澤が舞台。名家である韓家で起きた連続殺人事件を、客として呼ばれていた豪族の娘、於陵葵が解き明かす。
 作者が構想と執筆中に影響を受けたのが麻耶雄嵩三津田信三。それに作者が好きだという漢籍と、アニメ的キャラクター表現といった要素を全部一冊に詰めたという。主要登場人物のほとんどが女性というのも、そんな作者の好みなんだろうな。
 古代中国文化や文学のペダントリーに満ちた物語は、はっきり言って読みにくい。ただでさえ登場人物の名前を覚え、関係性を確認するのに手間取るのに、引用が必要なやり取りが続くと、内容を理解するのに大変である。
 ただ、推理の部分は面白い。ここまで生の感情をむき出しにしながらの推理合戦は珍しい。二度にわたる読者への挑戦状が示すように、作者は本格オタクなのだろう。ただそのオタクぶりが、良い方に転がった珍しい例と言っていいかもしれない。
 前半は退屈だろうが、我慢して読むこと。そうすれば面白くなってくる。ここまで前半と後半の面白さが異なる作品も久しぶりだ。新本格の面白さと、それに対する批難も呑み込んで挑んだのだろう。うまく調理できたかと聞かれたら微妙だが。若さに任せて力任せに料理を行った結果味付けにムラができたが、うまく調味料が混じったところは美味しい、そんな作品である。