平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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湊かなえ『望郷』(文春文庫)

 暗い海に青く輝いた星のような光。母と二人で暮らす幼い私の前に現れて世話を焼いてくれた“おっさん”が海に出現させた不思議な光。そして今、私は彼の心の中にあった秘密を知る……日本推理作家協会賞受賞作「海の星」他、島に生まれた人たちの島への愛と憎しみが生む謎を、名手が万感の思いを込めて描く。(粗筋紹介より引用)
 『オールスイリ』『オール讀物』に2010年~2012年に掲載された6短編をまとめ、2013年1月、文藝春秋より単行本刊行。2016年1月、文庫化。

 25年前、母と妹とみかん畑を捨て、高校卒業前に男と駆け落ちをして、有名作家となった姉が島に帰ってきた。島の市が対岸本土の市に吸収合併されたことを記念したイベントのゲストとして。妹である私はイベントに参加しながら、当時のことを思い出す。「みかんの花」(雑誌掲載時タイトル「望郷、白綱島」)。
 妻が私に手渡したのは、島に住んでいた高校時代の同級生の女性から来た葉書。女性の父は、島に住んでいたころに関わりがあった。私が妻に話したのは、小学六年生の時に失踪した父のことと、母と二人暮らしの私に世話を焼いてくれた“おっさん”のことだった。2012年、第65回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞、「海の星」(雑誌掲載時タイトル「望郷、海の星」)。
 夫、娘とともに東京ドリームランドに来た私は、島に住んでいたころ、祖母が反対するからダメと母に言われてドリームランドに行けなかったことを思い出す。「夢の国」(雑誌掲載時タイトル「望郷、夢の国」)。
 路上ライブから人気歌手となった黒崎ヒロタカのところに、高校時代の同級生である的場裕也から電話がかかってきて、自分の会社の五十周年パーティーに来てほしいと強引に約束させられる。しかしヒロタカには、故郷の島のいい思い出など、何もなかった。「雲の糸」(雑誌掲載時タイトル「望郷、雲の糸」)。
 一年中穏やかな瀬戸内海の島に台風がやってきた。家の隙間から雨水が入り込み、すでにドアは開けられない。私は小学生の娘とともに家の中の高いところに避難しながら、私は過去を思い出す。「石の十字架」(雑誌掲載時タイトル「望郷、石の十字架」)。
 故郷である田舎の島の小学校に異動してきた私。しかしこんな小学校でもいじめの問題があり、そしてモンスター化する親がいる。ある日、自宅が放火され小火で済んだものの、軽いやけどで入院することとなった。病室にやってきたのは、教師であった父の元教え子の男性。同じ教師でもある彼は、父との昔ばなしを語り始める。「光の航路」(雑誌掲載時タイトル「望郷、光の航路」)。

 瀬戸内海にある白綱島を舞台にした連作短編集。舞台こそ同じであるが、各作品に繋がりはない。白綱島のモデルは、作者の出身地である因島である。
 いずれも島で生まれ育った人たちの愛憎劇である。閉ざされた世界ならではの心模様は作者が得意とするところであろうし、特に鬱屈した心を書かせれば天下一品である。
 ただ、そのほとんどがいじめなどが関わってくる話であり、親子の愛情なども混じるといはいえ、読んでいてしんどいことも確か。一編だけならまだしも、六編も読まされると辛いです。立て続けに読むものではないね、これは。
 それとミステリと言えるのは「みかんの花」「海の星」だけかな。あとは普通小説に近い。これは別にわざわざラベルを貼らなければいけないというわけではなく、単に自分の覚書である。
 個人的に一番好きなのは、やはり協会賞を受賞した「海の星」。これが一番後味がよいということもあるが、それを除いても謎の部分と人の心の動きがバランスよく、そしてさりげない優しさが巧く描かれていると思う。これだけでも、本書を読む価値はある。ミステリ的な面白さで行ったら、「みかんの花」の方が上であるので、こちらも薦めたい。