平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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覆面冠者『八角関係』(論創ノベルス)

 河内家の三兄弟、秀夫(35)、信義(32)、俊作(29)は父親の遺産を三等分し、それぞれ事業に投資して生まれた利潤で気楽な、惰眠をむさぼる生活を送っている。秀夫の妻鮎子(25)、信義の妻正子(22)、俊作の妻洋子(26)とともに、父が遺した大邸宅の別々の部屋に住んでいた。三組とも子供はいない。洋子と雅子は実の姉妹である。女中はおらず、三人の妻は仲良く家事を行っていた。正月の十日過ぎ、洋子からのお願いで空いた部屋に姉夫婦が住むこととなった。姉の野上貞子(30)は探偵作家、その夫丈助(34)は捜査課の警部補であった。そして四組の夫婦に変化が生じた。鮎子は丈助に好意を寄せ、秀夫は正子に、信義は洋子に、そして俊作は貞子のことを愛するようになった。二月初旬のある日、酔った秀夫は正子を襲い無理矢理関係を持ってしまった。数日後、秀夫が別館の自室のベッドの上で、胸にナイフが突きささって死んでいるのが発見される。別館の周りの雪には、秀夫と死体を発見した鮎子の足跡しかなかった。自殺か、他殺か。さらに連続して事件が発生する。
 『オール・ロマンス』1951年6月号~12月号まで連載。2023年8月、初単行本化。

 『オール・ロマンス』は探偵雑誌『妖奇』を発行したオール・ロマンス社から発行されたカストリ雑誌。小説よりも世相に関する読物記事が中心だった。本作品も、第一回から三回は「愛慾推理小説」、四回は「連載愛慾推理小説」、五から七回は「愛慾変態推理小説」と挿絵画家中島善美によって角付きが付されていた。中島河太郎が1975年にまとめた「戦後推理小説総目録」にも掲載されておらず、まさに幻の作品と言える。
 作者の覆面冠者は匿名作家で、正体は不明。横井司は解説でこの作品が発表された背景とともに、その正体を推理している。
 「愛慾推理小説」と書かれている通り、所々で男女の愛慾シーンが挟まれている。ただその部分を除くと、屋敷内での連続密室事件が発生し、事件ごとにトリックの有無も含めた自殺か他殺かの検討がなされるなど、本格探偵小説と冠付けるにふさわしい内容となっている。しかも高木彬光のエッセイ「密室殺人の推理」で使われている言葉を用いる形で一種の密室分類が提示されるなど、本格ミステリファンの心をくすぐる内容となっている。
 ただ密室トリック事態については過去の作品からの借用となっているし、それ以外にも過去作品をなぞったようなシチュエーションが出てくるせいか、満足感という意味では今一つ。密室分類などの言葉の選び方を含め、どことなく借り物感が漂ってくるのはマイナスだろう。人間関係の心理面もふらふらしていて、舞台自体も含めどことなくぎくしゃくしている。全体的にぎこちないのだ。
 勝手な推察だが、本格探偵小説ファンな新人作家が、自分の好きなものを詰め込んでなんとか結末まで書きあげた、というような仕上がりである。ベストに入るような作品ではないが、こんな珍品もあるんだよ、という意味では読んでおいて損はないだろう。ゲテモノ料理を興味本位で食べてみる、程度のものではあるが。