平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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藤原宰太郎『藤原宰太郎探偵小説選』(論創社 論叢ミステリ叢書113)

短編ミステリの精髄を知り尽くした推理小説研究家による珠玉の作品集! 久我京介シリーズの第一長編『密室の死重奏(カルテット)』が32年ぶりに復刊。短編デビュー作『千にひとつの偶然』のほか、著者自身の意見も反映させた作品選択による初の探偵小説セレクション。巻末には初めて語られるエピソード満載の著者インタビューを付す。(帯より引用)

2018年5月、刊行。



大学生の西川明夫が連絡の取れない異母姉・中根美和子のマンションを訪ねると、大学の助教授・白石正彦とともに死んでいた。美和子は花瓶で後頭部を殴られて殺され、白石はタイムスイッチを用いた毛布を用いた感電死だった。そして美和子は白石の子供を妊娠していた。花瓶には白石の指紋が残されていたことから無理心中かと思われたが遺書が残っていないことから、建設会社の社長である父は久我京介に事件を調べてもらうよう依頼する。久我はドアチェーンを使った密室トリックを見破り、山下警部は殺人事件として捜査を始める。明夫は、山下の娘である女子大生の洋子とともに事件の真相を追う。『密室の死重奏(カルテット)』。ライフワークである『トリック百科事典』を執筆中の久我京介シリーズ第一作。藤原宰太郎初の長編ミステリでもある。アルバイトで推理小説を読んでレポートを纏める助手の西川明夫とその友人である山下洋子、その父親の山下警部がレギュラー、ということでいいのかな。所々で見慣れた宰太郎節が炸裂しているのはご愛嬌だが、冒頭で予告されているとはいえいきなりマイケル・ボイヤー『ドアの死角』のトリックのネタバレがあるなどはちょっと問題だろう。まあ、それがトリック研究家ならではなのだろうが。わずか2年しか付き合いがなかったとはいえ、姉が殺されたわりには明るい明夫の態度にはやや疑問。大学生同士のちょっぴりエッチな他愛ない展開など、読者を意識した通俗的な雰囲気が漂っているが、ボンネットから容疑者の証言の嘘を見破るなどミステリー研究家ならではの展開もあり、本格推理小説としての体裁は整っている。メインとなる密室トリックはあっさり明かされるし、犯人も気が付いたら出てくるしといった状態で、流れるままに事件が終わってしまうのは頂けない。

ベストに選ばれるような出来ではないが、退屈な時間を過ごす程度には楽しめる。



三島氏は妻を殺害し、昼間の間に掘っておいた穴に埋め終わったら、警察が訪ねてきた。三島氏は何を失敗したのか。「千にひとつの偶然」。『探偵倶楽部』昭和32年12月号に掲載されたデビュー作。宰太郎の推理クイズでよく見る電話トリックが出てくる。掌編に近い分量なので、それ以上は書きようがない。

「週刊ニッポン」のベテラン記者でデブのオールドミスの花子と、小柄なカメラマンの太郎は、女優・有島美代子の家を訪ねようとすると、東洋映画の社長の御曹司・矢代正彦の乗ったスポーツカーが走ってきた。家を訪ねると、庭で美代子がピストルで撃たれて死んでいた。弾は下から上へ向かって撃たれていた。そして二階にはビキニ姿の女優・白川ナオミがいた。美代子とナオミは矢代を巡って三角関係にあった。花子は従兄の久我警部に電話する。「日光浴の殺人」。クール&ラムみたいなコンビの二人が出てくるが、シリーズキャラクターというわけではない。しかもトリックを解き明かすのは花子の方である。キャラクターは強烈だが、今から見たらプライバシー侵害と訴えられそうだ。藤原宰太郎は自作のトリックについていずれもオリジナルとインタビューで語っているが、本作のトリックは海外の某長編のトリックと同じである。

横浜の麻薬密売団のボスが射殺された。そして現場には警察の他に、麻薬取締官の赤尾もいた。実はボスは情報提供者であり、そのことが組織に知られ、命を狙われていた。「白い悪徳」。『別冊宝石』の新人二十五人集に応募するも落選した短編。選考委員からは辛口の評が多いが、推理する手がかりも無く、本格ミステリとしては物足りない。

キャバレーのホステスが殺害され、服が脱がされていた。容疑者は、貢ぐために会社の金を使い込んだ元パトロン、そのことを知って洋服をずたずたにした過去がある妻、従姉、その同棲相手のバンドマン。犯人はいったい誰か。「ミニ・ドレスの女」。扇情的な描写が目立つが、本格ミステリに慣れた人にとっては分かりやすいか。作者は後に同じトリックを使った推理クイズ掌編を書いている。

3か月前に参議院選挙で当選した国会議員が殺害された。被害者は112という数字を血で描き残していた。しかし捜査でもそのナンバーに関連したものは出てこなかった。最初は金を横領した元秘書が盗んだ宝石や現金を持っていたことから捕まるも、残された足跡より、国会議員の息子が運転してた車両の欠陥から起きた自動車事故で妻を亡くした中学教師が容疑者として浮上。鬼丸警部の息子の担任だった。「血ぬられた“112”」。『中学一年コース』昭和46年10月号別冊付録に掲載された短編。足あとのトリックはクロフツの某長編からの引用だが、蛍光灯の手がかりやダイイング・メッセージはオリジナルだろう。トリックの豊富さといい、意外な展開や犯人といい、収録された作品で、一番の出来じゃないだろうか。

ルポライターの上杉が殺害された。強請られて当日金を払いに来た三人の独白から、犯人を当てる。「停電の夜の殺人」。『微笑』昭和54年5月12日号、26日号に問題編と解答編が掲載された検証犯人当て。何も同じトリックの作品を並べなくてもいいと思うのだが。三人の独白から犯人を当てるという形式は、『拝啓 名探偵殿』でも使われており、作者のお手の物だろう。

72歳の資産家の老人が階段から足を滑らせて転落し、後頭部を強く打って死亡しているのを訪ねてきた娘が発見した。手につかんでいた髪の毛から、警察は三年前に再婚した妻を逮捕。24歳で検事となった千羽不二子が妻を訊問するも、妻は頑なに否認した。「コスモスの鉢」。藤原遊子名義で『新・本格推理05』に掲載された。せっかくの女性検事なのだから、女性ならではの苦労や艶などをもう少し絡められそうな気もするが、本格ミステリには邪魔なだけだと思ったのだろうか。コスモスの鉢を使った手がかりは平凡で、しかも本人の推理クイズでも用いられているもの。むしろ否認しながらも自殺を図ろうとした容疑者の動機の方が面白い。

暴力団幹部と愛人がタクシーから降りてマンションへ向かう途中、愛人の元同棲相手がサバイバルナイフで襲い、女性を指して殺害した。幹部は持っていた杖で襲った男を殴り続け、男は死んでしまった。幹部は傷害致死で捕まったが、正当防衛を主張。目撃者は二人いたが、証言に異なりがあった。しかし、その証言者の一人である大学生が、幻覚キノコの保持で捕まった。「手のひらの名前」。藤原遊子名義で『新・本格推理06』に掲載された千羽不二子シリーズ二作目。ただの人情話で終わっており、本格ミステリの要素が全然ない。証言のずれの問題はどこへ消えたんだ? 暴力団相手の司法取引など、将来的に強請られそうなネタを持ちかけるなど、話に矛盾がある。

発掘現場の事務所の仮眠室でスチール製の収納棚が倒れ、助教授が下敷きになって死亡した。部屋は密室で、男性のシンボルをかたどった石棒とノギスが落ちていた。「密室の石棒」。藤原遊子名義で『新・本格推理07』に掲載された。作者の最後の作品となる。密室トリックはあまりにも古いものを応用しているが、実際にはこんな都合よくいくわけがなく、不可能だろう。巧くいったとしても、痕が残るに違いない。その後の展開についても、今一つ。これ、シリーズ化するつもりだったのだろうか。

<評論・随筆篇>では「まえがき(日本文芸社『5分間ミステリー』)」「『グリーン家殺人事件』」「リヤカーのおじさん」「収録作家に訊く」「白い小石」「本格推理のトリックについて」「密室悲観論」を収録。「リヤカーのおじさん」「白い小石」はエッセイで、藤原の過去に関わっている。



正直言って、一体誰が企画したのかが不思議なくらい、藤原宰太郎と「探偵小説」という言葉が一致しない。「推理小説」「ミステリー」ならわかるのだが。この人の創作に期待する人はまずいないだろう。ただし、推理クイズ作家としての作者はまさに草分けであり、数多くのネタバレという「罪」の部分も大きいだろうが、やはり少年少女へミステリやトリックの面白さを紹介し続けてきたという「功」も大きいことは誰も否定できない。そんな藤原宰太郎がどんな小説を書いて来たのか、という怖いもの見たさがあることも事実である。残念ながら傑作といえる作品は無かったが。

本作品集で最も貴重なのは、やはり巻末のインタビューだろう。あまり伝えられることのない推理クイズ本の編集の世界や裏話は、読んでいて非常に楽しかった。個人的にはこのインタビューだけで4,000円を出した価値がある(そんなのは私ぐらいかもしれない)。雑誌付録などもそうだが、現在でも空白の部分が多い分野だと思うので、今こそもっと語り継がれるべき話があったと思う。

推理クイズ本が出版されなくなったのは、単に依頼が来なかったから、という理由にはかなりびっくりした。それなりに一定の需要があると思っていたからだ。実際に2000年以降も推理クイズ本は数こそ少ないものの出版されている。ケン・ウェバーの「5分間ミステリー」が復活したころなんかは、藤原本が出るチャンスだっただろうにと思うと、非常に残念である。

小説については、幻の短編群が収録されたことに満足するしかないかな。先にも書いた通り、インタビュー等はとても貴重。そういう意味では、出版されただけで満足。できたら単行本未収録の推理クイズをもっと載せてほしかったな。



最後になりますが、解題の呉明夫様。名前を挙げていただき、またホームページを紹介していただき、有難うございました。改めまして、お礼申し上げます。