平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

今村昌弘『でぃすぺる』(文藝春秋)

 夏休みが終わった二学期の始業式。小学六年生の木島悠介は、月1回の壁新聞に大好きなオカルト記事を書く目的で「掲示係」に男子でただ一人立候補し、すんなり選ばれた。すると一学期の委員長である優等生の波多野沙月が女子の掲示係に立候補し、皆の驚きの中で選ばれた。
 サツキが掲示係を選んだ理由は、昨年の11月末、従姉のマリ姉こと波多野真理子が腹部を刺されて亡くなった事件の謎を解き明かすためであった。奥神祭りが開かれる予定であった運動公園のグラウンドで早朝、マリ姉の死体が発見された。死亡推定時刻は夜中だが、不審な人物どころか本人の目撃証言がまったくない。しかも現場に凶器はなく、うっすらと積もった初雪には第一発見者の足跡しかなかった。誰かが凶器を持ち去ったに違いないが、その人物はまだ見つかっていない。サツキはマリ姉のパソコンから、『奥郷町の七不思議』のファイルを見つける。地元に伝わる怪談ではあったが、どれも微妙に内容が変わっており、しかも怪談が六つしかない。サツキはマリ姉の事件を解くヒントが七番目の怪談にあると思い、壁新聞の取材という名目で調査を行いたかったのだ。
 七不思議の場所を一つ一つ調べるユースケ、サツキ、そしてもう一人の掲示係で、4月からの転校生である畑美奈。オカルト賛成派のユースケ、反対派のサツキ、二人の意見に判断を下す議長役のミナ。三人は七不思議の謎を追い、マリ姉の事件の真相に迫る。(一部粗筋紹介より引用)
 第一章は『オール讀物』2022年11月号掲載。第二章~第五章は書下ろし。2023年9月、刊行。

 屍人荘の殺人シリーズ(って、もっといい名前のシリーズ名をつけた方がいいんじゃないか)の作者によるジュブナイル×オカルト×本格ミステリ。dispelは追い散らす、(心配などを)拭い去る、(闇などを)晴らす、一掃する、という意味。
 主人公の3人が小学六年生なので行動の制限や知識の不備はあるものの、思考に関しては大人とそれほど変わりはない。だから、怪談一つ一つを調査し、どこまでが本当でどこまでが嘘なのかを、怪談派と現実派が意見をぶつけ、それを議長役が判断を下すという設定は非常に面白い。大人ではなくて小学生ならでは、という思考とアプローチも巧いと思った。それに三人をフォローする大人、逆にブレーキをかけようとする大人がいるところも、「やりたい事」と「やらせない事」のせめぎ合いによる子供たちの葛藤を浮かび上がらせることに成功している。
 本格ミステリの謎に怪談を絡ませるのは、屍人荘の殺人シリーズの作者ならではの面白さであり、作者の得意とするところ。というか、このトリックとネタを思いついたから、ジュブナイル設定にした、という方が正しいのかもしれない。たぶん作者のやりたいことは、全てつぎ込んだのだろう、という筆のノリが感じられた。
 ただ大人の視線で読むと、怪談の秘密も本格ミステリのトリックもそれほど入り組んでいるわけではなく、ちょっと軽いかもしれない。まあ、ジュブナイルだからこういう内容なんだよと言われりゃそれまでだが。
 この内容だったら大人へ向けた宣伝の帯ではなく、小学校高学年に向けての帯にして読んでもらった方がよかったんじゃないかな。作品自体は面白かったが、売り方を間違えている気がする。