平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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横溝正史『横溝正史少年小説コレクション6 姿なき怪人』(柏書房)

 横溝正史の少年探偵物語を全7冊で贈るシリーズ第6弾。
 人にその素顔を知られることなく、神出鬼没・大胆不敵な宝石強奪を成功させる『まぼろしの怪人』、自らの欲望のためには殺人をも辞さず、ついには幼き姉妹へと魔手を伸ばす『姿なき怪人』、「顔のない男」とまで称される変装術を駆使して犯行を重ねる紳士盗賊『怪盗X・Y・Z』――人々を恐怖に陥れる犯罪者たちに御子柴進少年と三津木俊助、そして警視庁の等々力警部が立ち向かう! 中学生向け学年誌に連載された三作品を、初出誌のテキストに準拠して完全復刻。なかでも『怪盗X・Y・Z』は、最終話「おりの中の男」を含む全4話収録の形での刊行はこれが初めてとなる。あらゆるミステリ好きに贈るシリーズ第6弾!(粗筋紹介より引用)
 2021年11月、刊行。

 

 『まぼろしの怪人』は横溝ジュブナイルでは珍しい連作短編集。なんといっても第1話でまぼろしの怪人が捕まってしまうのだ。ただ、脱獄で面白いトリックを使ってくれればいいのに、過去のジュブナイル作品と同じネタを流用するというのは残念。怪人二十面相のように捕縛→脱獄を繰り返すパターンは、ある程度長期スパンで行わないと、警察があまりにも間抜けに見えるのだが、まあジュブナイルにそれを求めても仕方がないか。新日報社池上社長の娘、由紀子が活躍するのが目新しいところ。
 『姿なき怪人』はネーミングセンスが悪い。まあそれはともかく、学研の学習誌に連載されていたとは思えないぐらい、普通に連続殺人事件が発生するし、その内容も残忍。編集部もよく連載を許したな、と思えるレベルである。警察も半年以上犯人を捕まえられないし、三津木の活躍も今一つ。最後は探偵小僧の機転で犯人の正体が明かされる。最後は高木彬光の某作品からの引用。中学生、うなされるだろうな……。
 『怪盗X・Y・Z』は角川文庫ではなぜか3話しか収録されておらず、第4話のみが『横溝正史探偵小説選II』(論争ミステリ叢書)で初めて単行本に収録された。そのため、全4話の形で収録されるのは初めてということになる。3話の終わり方がいかにも続きがありそうな内容で、しかも連載が休載されているわけでもないのに、なぜ3話しか収録されなかったのは謎である。しかも当時の角川文庫の背表紙は、大人物が緑、人形佐七が桃色、少年物が黄色の文字になっていたのに、本書だけが緑色の文字だったという謎の経緯がある。しかし解説の日下三蔵、この件に関してしつこいぐらい書いているのは、よほどのうらみでもあったのだろうか(苦笑)。まあ、私も並べていて納得いかなかったのを覚えているが。
 横溝にしては珍しい義賊もの。結果的には三津木・御子柴物の最後の作品となっており、できれば三津木の活躍を見たかったところだが、本作は御子柴進と、敵側であるはずの怪盗X・Y・Zがなんだかんだ手を組んで事件を解決するというパターンである。第2話では野球の試合の見学帰りという、今までにはないパターンの発端があるのが目に付く。また、御子柴進の姉が初登場している(当然、本作限りの設定)のは、時代の移り変わりを象徴しているといえるだろうか。第3話はノンシリーズの大人物の短編「幽霊騎手」を移植したもの。
 これが横溝正史最後のジュブナイル作品。すでに金田一作品の連載もほとんどない頃である。この頃まで三津木俊助、御子柴進の活躍があったと思うと、感慨深いものがある。