平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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エミリー・ロッダ『彼の名はウォルター』(あすなろ書房)

 遠足の途中で載っていたミニバスが故障。クラスの他の生徒たちは歩いて目的地に向かったが、アンナ・フィオーリ先生とコリン、タラ・バーン、グレース・レズリー、ルーカス・チアの4人はタクシーが来るのを待っていた。しかし山の中までタクシーは来ず、携帯電話は繋がらない。嵐が近づく中、フィオーリ先生と4人の生徒は、レッカー車の運転手に紹介され、運転手の父親が所有する丘の上の空き家へ移動した。
 コリンは机の中央の引き出しの下に隠れていた浅い引き出しから、『彼の名はウォルター』というタイトルの本を見つけた。最初のページは、巨大な蜂の巣の戸口に立っている年寄りバチが、玄関前の階段に置かれた小さな人間の赤ちゃんを見下ろしていた挿絵だった。コリンたちはこの本を読み始めることにした。
 2018年、発表。2019年、オーストラリア児童図書賞 Younger Readers部門受賞。2022年1月、邦訳刊行。

 作者はオーストラリア生まれ。ジェニファー・ロス名義で大人向けのミステリも執筆し、邦訳もある。昨年のこのミスで小山正が1位に選んでいたことで評判になった。
 物語は、作中作『彼の名はウォルター』が中心となる。ウォルターは人間だが、育てたのはハチだし、他の登場人物も人間のほかに動物や鳥も出てくる。魔女も出てくるし、貴族も出てくる。ウォルターは宮殿で働くうちに、ヴェイン卿が塔に幽閉している娘のスパロウと恋仲になるが、ヴェイン卿は反対する。
 コリンたちは本に魅かれて読み進めていくが、そのうちに現実世界とリンクしている部分があることに気付く。
 まずは作中作が面白い。ファンタジーであるが冒険ロマン要素が強く、そしてラブストーリーもあり、悲劇もある。コリンたちは最後まで読まなければいけない、という使命にとらわれるようになるが、そんなことを抜きにして、普通に面白い。そしてさらなる悲劇が起きてクライマックスに近づくにつれ、コリンたちの方でもサスペンスな展開が待ち受けているという構成が絶妙である。
 そして最後、まさかのミステリな展開が待ち受けている。いやいや、これはまいった。もう、つべこべ考えずに読めと言うしかない。
 昨年、多くの人が読んでいたら間違いなくベスト10に入っていただろう。何とも勿体ない。今からでも遅くない。もっと多くの人に読んでほしい。そう叫びたくなる傑作である。