平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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深水黎一郎『倒叙の四季 破られたトリック』(講談社ノベルス)

 懲戒免職処分になった元警視庁の敏腕刑事が作成した〈完全犯罪完全指南〉という裏ファイルを入手し、完全犯罪を目論む4人の殺人者。「春は縊殺」「夏は溺殺」「秋は刺殺」「冬は氷密室で中毒殺」。心証は真っ黒でも物証さえ掴ませなければ逃げ切れる、と考えた犯人たちの偽装工作を警視庁捜査一課の海埜刑事はどう切り崩すのか? 一体彼らはどんなミスをしたのか。(粗筋紹介より引用)
 『メフィスト』掲載作品に書きおろしを加え、2016年4月、刊行。

 邪魔になった年上の彼女を、首吊り自殺に見せかけて殺害する。「春は縊殺 やうやう白くなりゆく顔いろ」。
 好きだった彼女と結婚した友人を、夜釣り中の事故に見せかけて溺死させる。「夏は溺殺 月の頃はさらなり」。
 金に困った無職の若者が、資産家の伯父を行きずりの強盗殺人に見せかけて刺殺する。「秋は刺殺 夕日のさして血の端いと近こうなりたるに」。
 12年前に小学生の弟を事故死させた友人を、密室内の練炭自殺に見せかけて殺害する。「冬は氷密室で中毒殺 雪の降りたるは言ふべきにもあらず」。

 ネット上で「完全犯罪完全指南」という、数時間で跡形もなく消えてしまうファイルを手にした人が、完全犯罪を目論んで殺人を犯すも、自らのミスで捕まってしまうという倒叙ミステリ短編集。各短編のタイトルを『枕草子』になぞらえ、そのタイトルに沿った事件内容にしているのが工夫である。
 「完全犯罪完全指南」というギミックはあるものの、内容としては昔懐かしの倒叙ミステリ。犯人が事件を起こすもあるミスをしてしまい、そのミスを警察と一緒に読者が見つけて推理する、倒叙ミステリのフォーマットに沿った作品となっている。作者が「この形式は本格でありながら犯行時やその後のサスペンスも描くことができるので気に入っています」と書いてある通り、かなりのって書いたように見受けられる。
 「夏」だけが一部反則気味のような気もするが、「夏」も含め、犯罪者のミスがフェアに書かれており、読者としても純粋に謎に挑むことができるようになっていて、読んでいて気持ちがいい。作者が提出する謎に、読者が素直に挑むことができる作品集となっている。
 そして「完全犯罪完全指南」というファイルの謎にも最後触れられているのが、本作品集のよいところ。このエピローグがあるおかげで、読後の爽快感が高まった。
 倒叙ミステリの短編集としては、上位に入ってもおかしくない。変に凝らなくても、良いものが書けるじゃないか、と作者に対して思った次第。