平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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阿津川辰海『透明人間は密室に潜む』(光文社)

透明人間は密室に潜む

透明人間は密室に潜む

  • 作者:阿津川 辰海
  • 発売日: 2020/04/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  透明人間による不可能犯罪計画。裁判員裁判×アイドルオタクの法廷ミステリ。録音された犯行現場の謎。クルーズ船内、イベントが進行する中での拉致監禁──。絢爛多彩、高密度。注目の新鋭が贈る、本格ミステリの魅力と可能性に肉薄する4編。(帯より引用)
 『ジャーロ』2017~2019年に掲載。改稿の上、2020年4月、単行本刊行。

 透明人間病が流行り、全身が透明になってしまう人が増えた世界。透明人間病にかかっている内藤彩子は、透明人間病研究の大家である川路昌正教授による新薬開発の記事を読み、川路教授を殺害する。「透明人間は密室に潜む」。SF設定条件下の殺人というのは、かつての西澤保彦作品を思い出す。透明人間による殺人なんて簡単だと思うが、こうやって書かれてみると意外と難しい。倒叙設定がうまく働いている。犯人を追い詰める論理は面白いが、捕まった後は完全な蛇足。作者だって乱歩の『〇〇〇〇〇〇〇』を読んだことがあるんじゃないの?
 人気アイドルグループCutie Girlsのライブのために山梨から東京に来た二人。口論で一人がもう一人を殴り殺してしまった。犯人は自白して罪を認め、証拠もそろい、何の問題もないはずの裁判員裁判。ところが、銀行員である6番の裁判員が評議の場でいきなりCutie GirlsのTシャツに着替えて登場。全員が有罪の意見を言うまではよかったが、6番が被告は死刑と行ってから評議は紛糾する。「六人の熱狂する日本人」。アイドルオタクによる密室推理劇『キサラギ』に挑戦した作品。裁判員制度を利用したこの設定と結末には、大いに笑わせてもらった(不謹慎なんだけど)。いや、ここまで制度を有効に利用した作品は初めてじゃないか? 見事としか言いようがない。唸りましたよ。個人的に本作品集のベスト。
 耳が良すぎてどんなわずかな音でも聞き分けられる山口美々香は、大学の先輩であり推理能力のある大野糺が興した探偵事務所に勤めており、コンビで事件を解決している。1年前の最初の事件はこうだった。夫の依頼で妻の浮気を調査するために、テディベアに盗聴器を仕掛けてリビングに置いていた。そこで妻が殺害され、宝石やアクセサリーが盗まれる強盗殺人事件が発生。盗聴器のデータを別のUSBメモリに保存していた大野は、事件を解決するために録音データを山口に聞かせ、手がかりを探る。「盗聴された殺人」。どんな細かな音でも聞き分けられる特殊能力が事件のカギを握っているが、男女コンビの互いにちょっと抜けている部分の補い方と会話が非常に面白い。短編1本で終わらせるには惜しい。このコンビでシリーズ化してほしい。
 推理小説家の人気名探偵シリーズとコラボした一泊二日の東京湾クルーズにおける客船での脱出ゲーム。高校生のカイトは招待プレーヤーとして参加。同級生でライバル視されている大富豪の息子のマサルは、弟で小学生のスグルと参加した。順調に謎解きは進んでいたが、気が付くとカイトはスグルと一緒に船室に閉じ込められていた。「第13号船室からの脱出」。フットレル「十三語独房の問題」に触発された作品。脱獄ミステリってほとんど絶滅していたかと思ったけれど、脱出ゲームを絡めたりすればできるんだな。まだまだミステリは色々な応用ができそうだ。船室の位置関係を把握するのがちょっと面倒だったが、それ以外は楽しむことができた。
 阿津川辰海の作品を読むのは初めてだったが、タイトルにひかれて購入。結果として、表題作が一番つまらなかったけれど、他の三作品が面白かったので満足。奇抜な設定ながらも論理を重視した作品に仕上がっており、楽しむことができた。筆致にやや軽さを感じるが、本作品集の内容なら問題がない。今年の本格ベスト10には入るだろう。