平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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相沢沙呼『invert 城塚翡翠倒叙集』(講談社)

  綿密な犯罪計画により実行された殺人事件。アリバイは鉄壁、計画は完璧、事件は事故として処理される……はずだった。だが、犯人たちのもとに、死者の声を聴く美女、城塚翡翠が現れる。大丈夫。霊能力なんかで自分が捕まるはずなんてない。ところが……。ITエンジニア、小学校教師、そして人を殺すことを厭わない犯罪界のナポレオン。すべてを見通す翡翠の目から、彼らは逃れることができるのか?
 ミステリランキング5冠を獲得した『medium 霊媒探偵城塚翡翠』、待望の続編は犯人たちの視点で描かれる、傑作倒叙ミステリ中編集!
 invert
【他】…を逆さにする,ひっくり返す,…を裏返しにする;
〈位置・順序・関係を〉反対にする;
〈性質・効果などを〉逆転させる;
inverted detective story:倒叙推理小説
(粗筋紹介より引用)
 『小説現代』2021年1月号に掲載した「泡沫の審判」に、書き下ろし「雲上の晴れ間」「信用ならない目撃者」を加え、2021年7月刊行。

 

 自分が開発したウェブサービスを、幼馴染で社長の吉田が売り払うと決めたとき、システムエンジニアである狛木の殺意は固まった。狛木は吉田を殴り殺し、風呂場で転倒した事故に偽装する。死亡した時間、狛木は吉田の自宅から1時間離れた会社で、会社からしかできないサーバーの修理を行っていた。アリバイは完ぺきだったが、隣に引っ越してきた城塚が狛木を徐々に追い詰めていく。「雲上の晴れ間」。
 小学校教師の末崎絵里は、脅迫してきた元校務員である田草明夫を待ち合わせ場所の学校で殺害し、三階への侵入時に警報システムに驚いて誤って墜落したように見せかけた。警報システムが鳴った時間、絵里は同僚の女教師たちと帰宅していた。事故で終わるかと思われたが、カウンセラーとして来た白井奈々子が絵里を徐々に追い詰めていく。「泡沫の審判」。
 元刑事で今は探偵事務所の所長をしている雲野泰典は、元暴力団組員で今は部下の曽根本を、曽根本の部屋で射殺した。拳銃はかつて曽根本から預かったもの、硝煙反応や発射残渣に関しても心配はない。雲野に不都合なデータはパソコン上から削除した。気になるのは、50mほど離れたアパートの女性が、双眼鏡で覗いていたかもしれないことだった。現場は密室、遺書のメールもある。計画通り自殺で終わるかに見えていたが、数日後、雲野のもとに警視庁捜査一課の岩知道警部補、蛯名刑事とともに現れたのが、城塚翡翠だった。雲野はかつて、霊能力を使って事件を解決する秘密兵器の女のことを聞いたことがあった。「信用ならない目撃者」。
 『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の城塚翡翠がまさかの再登場。「雲上の晴れ間」「泡沫の審判」は約100ページ、「信用ならない目撃者」は約190ページとやや長い中編集である。目次に書かれている通り、前作の結末に触れられているので、気になる方は前作を読んでからにした方がいい。
 倒叙推理小説にはなっているが、犯人の偽装工作については触れられていないので、犯人が追いつめられるサスペンスと、読者が推理する楽しみ、探偵役の推理の過程の楽しみを味わうことができる。ところどこで読者に話しかけているかのような展開はご愛敬か。
 正直、城塚翡翠をよく再登場させたな、なんて思いながら読んでいたが、なるほど、最後まで読むと作者がなぜ倒叙ものにしたのかがわかる展開になっている。よく考えたな、というのが読後の感想。倒叙ものの新しい一ページになったんじゃないかな。ただ、感心して終わっちゃった。小説としての揺さぶられるドラマはなかったかな。作者に悪いんだけど。
 まだ城塚翡翠ものを書くのだろうか。それは気になる。