平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ボストン・テラン『音もなく少女は』(文春文庫)

 貧困家庭に生まれた耳の聴こえない娘イヴ。暴君のような父親のもとでの生活から彼女を救ったのは孤高の女フラン。だが運命は非情で……。いや、本書の美点はあらすじでは伝わらない。ここにあるのは悲しみと不運に甘んじることをよしとせぬ女たちの凛々しい姿だ。静かに、熱く、大いなる感動をもたらす傑作。(粗筋紹介より引用)
 2004年、発表。2010年8月、文春文庫より邦訳刊行。作者の第4長編。

 生まれつきの聾者であるイヴ・レオーネが主人公。物語は三部構成で、彼女が1951年に生まれてから約40年の人生が描かれる。ただ原題の"WOMAN"が示すように、複数の女性たちが主人公であると言っていいだろう。イヴの母親であるクラリッサ、イブの恋人チャーリーの元恋人ナタリー・バチェラー、チャーリーの義妹でイヴを慕うミミ。そして、もう一人の主人公と言っていいのが、キャンディストアの女主人であり、イヴと深くかかわることになるフランコニア(フラン)・カール。那智の迫害からアメリカに亡命してきた彼女の壮絶な人生とその生きざまは、読者の心を強く揺さぶる。
 本書は当時のアメリカ、ニューヨークの差別を浮き彫りにしている。人種差別、女性差別、傷害差別。何事にも自由過ぎて生まれる、暴力と犯罪とドラッグ。神を信じようにも、神は存在しない。しかし虐げられ続けても、人は立ち上がり、強く生きていく。そんな強い意志が、乾いた文体の中から滲み出てくる。
 読んでいて非常につらくなる作品だが、それでも物語を先に進めることを止めることができない。まさに「静かなる傑作」。さすがとしか、言いようがない。