平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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東野圭吾『あなたが誰かを殺した』(講談社)

 8月の別荘地。様々な家族が夏を過ごすためにやってくる。総合病院を経営する夫妻と我儘な一人娘、その婚約者。大企業の会長とやり手の妻とその部下家族。経営者の妻と公認会計士の夫のパワーカップルと、中学生の娘。別荘地に移り住んだ未亡人、その命夫婦。そして、いまは空き家になっている別荘。彼らには、毎年恒例の行事があった。それは優雅なバーベキュー・パーティ。いつも通り開催されたその催しが、思いがけない悲劇の幕開けとなる。事件に巻き込まれた家族たちは、真相を自分たちの手で解き明かそうとする。そこに現れたのは、長期休暇中の刑事・加賀恭一郎。私たちを待ち受けていたのは、想像もしない運命だった。(帯より引用)
 2023年9月、書下ろし刊行。

 空き家を含む、5軒が並ぶ別荘地。全員がそろったバーベキュー・パーティが終わった夜中に起きた連続殺人事件。4軒の家族が襲われ、5人が殺され、1人がけがを負った。犯人は次の日の夜、ホテルで“最後の晩餐”を食べた後、支配人に凶器のナイフを見せながら警察に通報してほしいと頼んだ。犯人は東京都在住の無職の引きこもり。犯行の動機は死刑になること。しかし、襲われたどの家族とも接点はなく、なぜ彼らが襲われたのか。そこで生き残った者たちは「検証会」を開くこととした。被害者の一人の付き添いとして、警視庁捜査一課所属で、一定勤続年数以上の者が取らされる強制休暇中の加賀恭一郎が参加する。
 最近の東野圭吾は、読者の感情のコントロールまで計算したような書き方をしているせいか、どうも好きになれないので、シリーズ物以外には手を出す気にならない。本作品も、加賀恭一郎が出ていなければ手に取らなかっただろう。結論から先に言うと、読んでよかった。東野圭吾、やはりすごい。
 東野圭吾にしては珍しい、ストレートすぎる本格ミステリ。なぜ犯人は無関係であるはずの彼らを襲ったのか。事件時の行動の矛盾、彼らの隠されていた秘密。被害者たちが集まっての「検証会」を通し、少しずつ明らかになる真実。加賀は事実と証言から事件を整理し、矛盾点の追求と消去法で真実を求めていく。このストレートすぎる謎と真っ向からの推理がたまらない。特段トリックや仕掛けがあるわけでもないのに、しびれるね、これは。
 読み終わって凄いと感じたのは、無駄な部分が全くないこと。登場人物も舞台も、そしてストーリーやセリフにいたるまで、事件の謎解きに無関係な部分がない。作者からしたら、犯人の行動の流れを決め、それから被害者を配置していき、人物の性格付けをしていっただけかもしれないが、それでどうしてこれだけ読み応えのある作品に仕上がるのかが不思議だ。
 東野ファンからしたら、キャラクターの濃い登場人物による心の動きを楽しみたいところだろうが、今回はそれが全くない。だから東野ファンから見たら物足りないかもしれない。ただ、本格ミステリとしてみたら見事と言いたい。最初から登場する人物が多くて整理が追い付かない、警察の捜査に甘い箇所があるなどの些細なツッコミどころはあるが、これだけの完成度ならスルーしたっていい。
 今年の文春ベストと本ミスの1位はこれじゃないかな。そう思えるぐらいの傑作。東野圭吾は売れる手法のテクニックだけで書く作家に落ちていたわけじゃなかった。