平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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道尾秀介『鬼の跫音』(角川文庫)

 刑務所で作られた椅子に奇妙な文章が彫られていた。家族を惨殺した猟奇殺人犯が残した不可解な単語は哀しい事件の真相を示しており……(「■(ケモノ)」)。同級生のひどい攻撃に怯えて毎日を送る僕は、ある女の人と出会う。彼女が持つ、何でも中に入れられる不思議なキャンバス。僕はその中に恐怖心を取って欲しいと頼むが……(「悪意の顔」)。心の「鬼」に捕らわれた男女が迎える予想外の終局とは。驚愕必至の衝撃作!(粗筋紹介より引用)
 『野性時代』2006~2008年に掲載。2009年1月、角川書店より単行本刊行。2011年11月、文庫化。

 片想いしていた杏子は、私と同じ大学の友人であるSの恋人になってしまった。しかも隣室のSは、これみよがしに杏子の声を聞かせてくる。しかもSには別の女もいた。大学にほど近い自然公園で、私はSを殺して埋めた。私は杏子と結婚し、子供も生まれるが、11年後、Sの死体が発見される。「鈴虫」。
 優秀な家族の中で一人ダメ人間の私は、床に転がっていた刑務所で作られた椅子に奇妙な文章が彫られているのを見つける。書かれていたSの名前から祖母・父・後妻を殺害した事件の概要を見つけた私は、唯一生き残ったSの妹に会うために福島県まで出かけた。「■(ケモノ)」(■はけものへん)。
 高校三年の私は、Sが率いる不良集団四人組の一人。Sに女を凌辱しろと言われた私は、二週間後の秋祭りの夜に決行することにした。それから二十年後、私は故郷を訪ねる。「よいぎつね」。
 小説家の私の部屋に見たことがない青年が、2か月前に盗んだ招き猫の貯金箱を返しに来たと訪ねてきた。ところが私には全く心当たりがない。お金かと思った紙は「残念だ」と書かれたメモだった。私は二年前、高校の同級生だったSが、妻と一人娘を自損事故で亡くしたことを思い出す。「箱詰めの文字」。冒頭に、この私が「よいぎつね」のラストシーンらしきものを書いている下りがある。
 1月7日、私はSに教えられた神社に行き、どんどやの火に達磨をくべる。7日前に私の願いは叶ったから。炬燵の向こうにいるSは、いつも私に微笑んでくれる。私を愛してくれるSがいる。「冬の鬼」。
 同級生のSにいつも虐められている小学四年生の僕は、ゴミだらけの家に住む女性と知り合う。女性は押入れから取り出したキャンパスで、頭の上を振るった。それから僕は、Sのことが怖くなくなった。「悪意の顔」。

 心に潜む「鬼」と向き合う作者の第一短編集。犯罪小説、怪奇小説幻想小説、耽美小説など様々なジャンルの雰囲気を漂わせつつ、似たようなテイストで様々な異なる面を描き出す、六つの短編が収められている。
 Sという登場人物名が共通するものの、当然ながら別人。あえて揃えることで、鬼というテーマの統一性を補強したのだろう。どの短編も後味はよくない。人の心に潜む「鬼」の恐ろしさをじわじわと浮かび上がらせるその筆致は巧みである。あえて短い枚数で収めることで、恐怖を増すことに成功している。作者のデビュー初期に書かれた作品ということで、かなり力を入れていたのではないだろうか。
 個人的なベストは「■(ケモノ)」。最後でやられました。