平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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井上悠宇『不実在探偵の推理』(講談社)

 「彼女は実在してる。存在が不確かなだけで、ずっと僕の傍にいるんだ」 大学生の菊理(くくり)(うつつ)が思い出のダイスに触れた途端、長い黒髪に白いワンピースの美しい女性が見えるようになった。現にしか見えない彼女はしかし、ずば抜けた推理力を持つ名探偵。藍の花を握りしめて死んだ女性、宗教施設で血を流す大きな眼球のオブジェ。二人に降りかかるすべての謎は解けている。あとは、言葉を持たない「不実在探偵の推理」を推理するだけ。水平思考を巡らせて、「はい」か「いいえ」の答えで真実にたどり着け。(帯より引用)
 『小説現代』2021年9月号に第一章掲載。その後は書き下ろし。2023年6月、刊行。

 花屋の女性店員がすべての鍵がかかった自室で、アコニチンを飲んで死亡。藍の花を握りしめていた。自殺か、他殺か。さらに翌日、第一発見者であり、店員の恋人である花屋の店長も自室で首吊り自殺。刑事課の百鬼(なきり)広海(ひろみ)は、相棒の烏丸(からすま)可南子(かなこ)と一緒に、甥で大学生の菊理(くくり)(うつつ)の元を訪れる。現にしか見えない彼女は名探偵なのだ。しかし、現を介した彼女の答えは「ハイ」「イイエ」「関係ナイ」「ワカラナイ」の四つだけ。真相は、広海と可南子が推理しなければならない。「第一章 不実在探偵と死体の花」。
 菊理現が朝起きてキッチンに行くと、青色のダイスが置いてあった。一人暮らしの彼の家に、誰が一体置いたのか。現は入院中の三栖鳥にそのことを話す。不実在探偵はどうやって現のところへやってきたか。「第二章 不実在探偵の存在証明」。
 新興宗教団体“神の眼”の施設で、“対話の間”にある“解き明かす者(アンサラー)”の像である巨大な眼球のオブジェから赤い液体が滴り落ちていた。教祖は“解き明かす者”の死を感じたという。この殺神事件の謎を不実在探偵は解けるのか。「第三章 不実在探偵と殺神事件」。
 殺神事件の謎は解決したが、事件はまだ続いていた。「第四章 不実在探偵と埋められた罪」。

 帯の推薦文が凄い。我孫子武丸、今村昌弘、井上真偽、似鳥鶏友野詳、織守きょうや、秋口ぎぐる、斜線堂有紀、五十嵐律人。まあ、これだけの人が並ぶと、すごく面白いか、とんでなくこけるかのどちらかなのだが、読み終わってみると微妙。
 大学生にしか見えない名探偵、さらにイエス・ノーの答えしかない水平思考ゲーム。この設定を組み合わせただけ、としか言い様がない。水平思考ゲームが好きな人ならこれはこれでありなのだろうが、そんなに好きじゃないしなあ。事件現場でこんなのをやられると、怒り出しそう。
 ついでに言うならば、物語としてもそんなに面白いものではなかった。百鬼と烏丸のやり取りでもう少し特徴的なタッチがあるといいのだが。物語から浮いている三栖鳥も、もう少し生かすことはできなかっただろうか。
 本格ミステリ=ゲーム論という人には楽しめるかもしれない。ただなあ、小説としての面白さがもう少し欲しい。