平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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トマス・W・ ハンシュー『四十面相クリークの事件簿』(論創社 論争海外ミステリ95)

 元怪盗、現在は名探偵。顔を自由に変えることができる怪人にして、謎の経歴を持つ紳士、四十面相ハミルトン・クリーク。J.D.カーが愛読し、江戸川乱歩が「怪人二十面相」のモデルにしたと言われるクリーク譚の第一作品集を初完訳。「ホームズのライヴァルたち」第五弾。(粗筋紹介より引用)
 1918年に発表した短編集"The Man of the Forty Faces"の内の九編を使って連作長編化し、1913年にイギリス、アメリカで発表。1968年、ポプラ社より児童書として刊行。2011年5月、論創社より新訳単行本刊行。

 イギリスの大衆作家、トマス・W・ ハンシューの晩年の作品。四十面相のクリークといえば、江戸川乱歩怪人二十面相のモデルにした人物。顔がグニャグニャに変化して別人になれる、元は怪盗だったが後に探偵になる、というのは結構有名だったと思うが、肝心の話をほとんど読んだことがない。出版された時から気にはなっていたのだが、ようやく手に取ってみる。Amazonの新刊で買ったのだが、10年経ってもまだ初版だった。
 目次に作品名がない。あれ、事件簿だろ、これと思いながら読み始めてみると、プロローグで怪盗から探偵になってしまう。意外だなと思いながら読み進めると、章分けしかないのに一つ一つ事件を解きながら、話が進んでいく。長編なの?、それとも連作短編集?などと思いながら読み進めていった。解説を読んで、ようやく短編集を連作長編化したと分かった。
 それにしても、古色蒼然とした作品である。貴族の娘に恋して怪盗を辞め、探偵に生まれ変わる。稼いだ金は今まで迷惑をかけてきた人たちにこっそり返す。娘に恋人がいると知ってがっくりし、事件の解決に失敗する。なんなんですか、この人。あまりにも人間臭い。そして大時代的。小学校の頃に図書館で南洋一郎のルパンを読んで楽しんだ人には、楽しめるかもしれない。それぐらい懐かしい。それ以外の人には……どうだろう。子気味よいテンポで話が進むので、100年以上も前に書かれたということを頭に入れておけば、トリックのあるサスペンスロマンスとしてそれなりに楽しめるとは思う。
 プロローグの交通巡査をだますトリックは、横溝正史が後に少年もので多用する。第一、第二章は長編化に際しての書き下ろし。第三~五章は短編「六本の指」("The Riddle of the Ninth Finger")。第六~十章は短編「赤い蠍」("The Problem of the Red Crawl")。ほとんど乱歩の少年ものである。第十一~十四章は短編「鋼鉄の部屋の秘密」("The Mystery of the Steel Room")。第十五~十八章は短編「ライオンの微笑」("The Lion's Smile")。藤原宰太郎の推理クイズでよく見たあのトリックが出てくる。多分一番有名な短編じゃないだろうか。第十九~二十三章は短編"The Riddle of the Sacred Son"。この時代に指紋を調べるミステリがあったことにちょっと驚き。第二十四~二十六章は短編「魔法の帯」("The Wizards Belt")。人間消失もの。第二十七~二十九章は短編「木乃伊の函」("The Caliph's Daugtter")。第三十~三十五章は短編集にはない話。この時代にこのトリックがあったのかと思った。エピローグは短編「虹の真珠」("The Riddle of the Rainbow Pearl")。クリークの過去が明かされる。